家政婦金さんのドラマみたいな体験日記

家政婦 金さんのドラマみたいな体験日記

 面白過ぎる、このままドラマ化して欲しい~と思いました。

 

P220

「今日からしばらくはお寺さんに行ってね」

 と会長さんから渡されたメモには郊外の地図が描いてありました。駅から20分は歩いてたどり着くと、山門が朽ちかけ、境内には背丈ほどの雑草が茂って、本当にここに人が住んでいるのかと思うほどの荒れたお寺でした。気味が悪くてこのまま帰りたいと思ったのですが、せっかく来たのだから今日だけでもお勤めしようと心を奮い立たせて、本堂の横にある建物の戸を開けました。

「ごめんください。さくら会から参りました」

 何回大声で呼んでも、何の反応もありません。仕方なく、

「ごめんください」

 を連呼しながら、大きなかまどのある台所らしき土間に入り、本堂に通じている広い廊下に上がらせていただきました。さらに大声で、

「どなたかいらっしゃいますかー」

 と言うと、右の部屋から、

「こっちにいるから入って」

 と男性の声がします。その戸を開けると、ハダカ電球が下がった薄暗い部屋の真ん中に、火鉢に寄りかかって座る老人がいました。今では珍しい、キセルでタバコに火をつけています。キセルなんて何年ぶりに見たでしょう、時が戻ったような気がしました。70歳くらいで目つきは鋭く、坊主頭ですがとてもお坊さんには見えません。ともかく私は挨拶しながら、会の紹介状を渡しました。老人はそれを見ながら、

「本堂と境内の掃除を頼むよ。食事は若い者が後から来てやるから。本堂はこの廊下の突き当りだよ」

 それでは早速と立ち上がると、続けて、

「お前さん、お経は読めるかい?」

 と聞かれました。

「はい、般若心経と観音経でしたら」

「そうか、それはちょうどいい。本堂の掃除が済んだら、ローソクと線香をあげてお経を頼むよ」

「はい、承知しました」

 本堂に入った途端、フワッとまとわりつく蜘蛛の糸。見れば数え切れないほどの蜘蛛の巣に、そこらじゅうに薄い雪のようなほこりが積もり、床には私の足跡が点々とつくほどです。しかも、お掃除に何日かかるかわからない広さ。私は中央の祭壇に鎮座されている仏像に、

「ご本尊様、これから大掃除させていただきます。土足で上がってきてごめんなさい。お掃除が済むまで許してください。私に罰を当てないでください」

 とお願いして、さて掃除道具はと見渡しても、どこにもありません。先ほどの部屋に戻って、

「あの、お掃除の道具はどこですか?」

 と聞くと、

「そんなものないから、店で買ってきて。何年も掃除してないからないんだよ」

 ではお金を、と私が言う先に、

「お前さん、代金は払っておいてな」

 そこで近くの雑貨屋さんで竹ぼうき、雑巾、バケツと一式抱えてレジに行き、念のため、

「すみません、近くの三徳寺ですが、後から寺の者が支払いに来ますからツケでお願いします」

 と言ってみました。するとおじさんは、

「そりゃダメだよ、現金にしてよ。今までの貸した分を全部清算してでの上なら話は別だけど……まったく支払ってくれなくて、うちも困ってるんだよ。おばさんは寺の人じゃないの?何も知らずに手伝いに来たのかね」

「はい、家政婦会から派遣されてきました」

「すぐに辞めて帰った方が身のためだよ。今までの手伝いの人は給料も払ってもらえないってみんな辞めてったみたいだよ」

「そうですか……でもご本尊様は顔がはっきりわからないほどのほこりをかぶっておられるので、お掃除だけでも済ませて帰ります」

「あのね、こんなこと大きな声じゃ言えないけどね、今お寺にいるじいさんは昔、親分って言われてた人らしいよ。お坊さんとは大違いだよ。前の住職に金貸してさ、返さないから担保のお寺を取ったって話だよ。今も毎日、子分みたいのが来てるじゃない。おばさんも早く辞めた方がいいよ、悪いこと言わないからさ」

「ご親切に心配してくださって、ありがとうございます」

 代金を支払って、お寺に戻りながらいろいろ考えました。確かにあのおじいさんは親分っぽさがあるわねえ……だけど辞めるにしても、仏様のお顔だけでも綺麗にして帰りたいわねえ……たとえ給料がいただけなくてもねえ。

「ただいま帰りました。これ掃除道具の領収書です」

 お寺に着いておじいさんに領収書を出すと、

「そっちで持ってくれ」

 これはお寺に寄付したと思うしかないと心を片付けて、お掃除にとりかかりました。しかしお堂は広いので、私一人ではなかなか進みません。これは大変なところに来たと一休みしていると、後ろから、

「姉さん、姉さん」

 と声がします。どこに誰のお姉さんがいるのかと思いましたが、いや今こんな荒れ寺には私しかいないと振り向くと、30歳くらいの背の高い男性が立っていました。目が合うとニコッと笑って、

「お初にお目にかかります。手前、生国は芸州、広島は三段峡で産湯を使い……」

 急に仁義を切り始めました。生で見るのは初めてですが、

「ちょっとちょっとお兄さん、挨拶はそこまででいいですよ。ここはありがたいご本尊様の前でしょう。『こんにちは』だけでいいのよ」

「はい、すみません。今日はご苦労様です」

「別に謝らなくていいですよ。あなた、ここにお手伝いに来てる人?」

「はい、親分のお世話に来ています」

 昔じゃなくて今も「親分」って呼ばれてるじゃないですか。

「そうなの、ちょうどいいところに来てくれたわ。この本堂は広すぎて、さっきから掃除してもしても、私一人では日が暮れたって終わりそうにないの。お手伝いしてくれる?」

「はい、親分からも手伝ってくるように言われてきたので。姐さん、親分をよろしくお願いします」

「お願いしますと言われてもねえ……」

 しかも「親分」とくれば、「姉さん」ではなく「姐さん」。任侠の世界に入った覚えはないんですけれど。戸惑う時間すらもったいないので、

「じゃあ、これで床拭いてもらえる?」

 と、人生で初めて、子分を従えてのお掃除をしたのです。二人で一生懸命頑張って、なんとかご本尊様のお顔もはっきり見えるようになりました。

「お手伝いありがとう。お兄さん、お名前は?」

「はい、達男です。達者の達に男です」

「そう、達ちゃんね。私はおばさんでいいからね」

 ・・・

「達ちゃんえらいね。なかなかできないことだわ。本当に感心するよ」

「昔ずいぶんお世話になった人ですから、自分にとっては親も同然です。大事な親分のことならなんでもします」

 達ちゃんの心情に胸を打たれましたが、私はどうしたらいいのかわかりません。そして明日からは無理ですと言おうか言うまいか迷って、達ちゃんと部屋に戻った私に、親分が

「お前さん、金を少し貸してくれないか」

 と言いました。払ってもらうどころか出ていく話が降ってきたのです。

「私には人様に貸すようなお金はありません。お門違いですよ」

「なら、どこかで借りられないかい?」

「私の年齢ではどこも相手にしてくれませんよ」

 ・・・

「貸してほしいって、たとえばいくらなんですか?」

「5万」

「5万なんて、私には大金ですよ。帰って知り合いにあたってみるけど、絶対当てにしないでください。100%無理だと思いますよ」

 何の義理もなく、返ってくる保証もない。今日の支払いだってないかもしれないのに、でも無下にするのも忍びない。良い方法はないかと考えました。

 また会長さんに給料が出ないかもしれないと相談したところ、

「私からも催促するけど、その様子じゃ無理かもしれないね。今日の分はうちが立て替えるよ。本来ならもう断るところだけど、お寺さんのことだから、ボランティアでも金さんがやりたいなら行けるだけ行ったらどう?」

 次の日、二人を前にして言いました。

「頑張って貸してくれる知り合いを見つけたのですが」

「悪いなあ、ありがとよ」

 親分、軽いです。

「ただし条件付きです。よく聞いて、借りるかどうか決めてください」

「おばさん、利息のことですか」

「よく聞いてね。このお金は3ヶ月しか貸せないお金です。だから3ヶ月で返せない時は、このお寺を渡すと証文を書いてください。これが貸主の条件です」

「担保ですね。親分、書いてください。このままでは親分の命に関わるかもしれません。自分が必ず返しますから」

「……わかったけど、お寺の全部は無理だな」

「そうですか、なら貸してはもらえませんよ。仕方ないです」

 私は続けて、

「親分さん、このお寺も先代の住職にお金を貸して、その担保にしたのを取り上げて10年住んでいると聞きました。10年も住めば、元は十分に取れたでしょうに」

「お前さん、なかなか隅に置けないね」

「はい、だから真ん中に座っていますよ」

「わかった、達、お前が書いとけよ」

「ダメですよ、親分さん。それはダメ。親分さんが書かないと証文として通用しません。三文判でもダメです。実印がなかったら、親分さんの拇印でお願いします。ここに証文書いて持ってきました」

 仕方ない、といった感じで証文にサインをしながら親分は、

「お前さん、しっかりしてるな」

「お金は親子でも他人と言いますからねぇ」

「手伝いは辞めて、その性格をもっと生かす仕事を見つけたらどうだい」

「今もこうして十分生かしてますよ」

 証文が本当に有効なのか、それはわかりません。けれども何もなしで貸すわけにはいきませんでした。さて巻き込まれた以上は、お金を返してもらわなければいけません。なんとかしてこのお寺を利用して稼ぐことができないものか。

 その日、事務所に帰って会社の皆さんに知恵を貸してくださいと相談しました。そしていくつかアイデアをいただき、できるものを実行していくことにしたのです。

 次の日、早速達ちゃんと境内の雑草を刈り取り、庭の隅々までお掃除をしました。そして私一人で町内会長さんを訪ね、ゲートボール場として使っていただけないか聞いたのです。・・・

「お寺はとにかく綺麗になりましたので、一度ぜひ皆さんで来てみてください。迷惑はおかけしないよう私が責任を持ちますし、中をご案内します。子供さんの遊び場としても広いですし、ご本尊様はお不動様です。参拝される皆さんを、きっとお守りしてくださいますよ。私はお寺を預かった者としてお願いにあがりました。どうかご検討ください。お待ちしております」

 それからお寺に帰って、張り紙を書きました。

「お寺の本堂 格安でお貸しします 三徳寺」

 それを町内のお店などに頼み込んで張らせていただきました。10日ほどが経ち、町内の老人会の方たちがゲートボールに使いたいと、様子を見に来てくださいました。そして使い始めてからは、皆さんで掃除してくださり、ますます綺麗になりました。そんな噂を聞いたのか、子連れのママさんたちも来てくださって賑やかになりました。道具はないけれど、広い場所で安心して遊ばせられます。親分は部屋から出てこないし、達ちゃんも礼儀正しいのでだんだん馴染んでいきました。

 ・・・そんなある日、年配の女性が訪ねてこられました。

「広告を見たのですが、本堂を見せてください」

 どうぞと案内した本堂は、襖で仕切れば4つの部屋に分けられます。お寺だけに静かだし、習い事の教室にちょうど良いと思っていたのです。女性は、

「実は、私たちの書道サークルが使っていたビルが取り壊されることになったので、新しい場所を探しているんです。でも駐車場付きはなかなかなくて」

「それはお困りですね。使っていただければこちらも嬉しいです」

「ほかに、お花や絵画やヨガの教室の皆さんにもお話ししてみます」

 と帰っていかれました。そしてその後、各教室がそのままそっくり引っ越してこられ、曜日ごとに各種講座が開かれるようになりました。お庭には老人会の方たちが花壇を作ってくださるようになりました。しばらくして、親分は亡くなりました。

「達、ありがとよ、これからもお寺を頼むよ」

 と言い残し、達ちゃん一人に看取られたそうです。

「おばさんのおかげで、最後は親分もまともな生活ができました。感謝してます」

「達ちゃん、これからどうするの」

「自分は広島に帰って、仕事見つけて働きます。親を安心させたいと思ってます」

「いいね、親御さん喜ぶね、一番の親孝行だよ。達ちゃんの人生はまだまだこれからだもんね、体に気をつけてね」

「はい。おばさん、本当にありがとうございました」

 深々と頭を下げる達ちゃん。はなむけに借金は返さなくていいことにしました。三徳寺は、追い出された形の先代もすでに亡くなっているので、管理は町内会にお任せしました。私は最後にご本尊様に手を合わせました。

「罰を当てないでくださって、ありがとうございます。これからもこのお寺と住民の皆さんをお守りください」

 そして少し直されて綺麗になった山門を後にしたのでした。

 事務所に戻ると、会長さんが、

「お線香の香りがするねえ。なんだか落ち着く、いい匂いだね」

 事務の小島さんも、

「お寺を救えてホッとしたわ。金さん、諦めずによく頑張ったね」

 私は心からの感謝を伝えました。

「会長さん始め、さくら会の皆さんの支えあってこそです。この会に来て、本当によかったです。ありがとうございました」