宮本亜門のバタアシ人生

宮本亜門の バタアシ人生 ―自殺未遂・引きこもり・対人恐怖症・・・すべて経験済み 居場所を見つけた11人の生き方のコツ話

 10年以上前の本ですが、宮本亜門さんと、よしもとばななさん、横尾忠則さん、荒俣宏さんや天下伺朗さんなどなど、興味深い方々との対談集を読みました。

 こちらは茂木健一郎さんとのお話です。

 

P77

茂木 ・・・もののあわれは生きるためにどうすべきか、ことが起きたときに凝り固まってしまうのでなく、自分が変われて学べて成長できて、人と行きかえる、そうしてよりよい生き方を見つけていく方法論みたいなものだと思うんです。

 日本人は生きるということの本質を見つめる力を伝統的に文化遺伝子として持っていると思います。歌舞伎や文楽にもあるし、演歌にもある。しかも大衆レベルである気がします。それって脳の最先端の研究にも関わるんですよ。偶有性というのですが、人生一回しか起こらないことが大事で、それにどう向き合えるかが脳の本質、という見方があるんですね。

 

宮本 そういう柔らかな脳の潜在力を持ちながら、一生懸命生きようとするあまり、ときに不器用で頑なになってしまうこともある。これは「MISS」の対談なので、ぜひそんなふうに悩む女性たちに、茂木さんから何かアドバイスをいただけますか。

 

茂木 今の女性は大変だと思いますよ。仕事もして、美しくもあってというのが当たり前で、やることがたくさんある。負担が大きいですよね。・・・

 

宮本 そういう大変さのなかで癒しが必要とされるんでしょうね。

 

茂木 あ、癒しって定義があるんですよ。〝全体性の回復〟。たとえば都会にいる人は田舎でゆったり過ごすのが癒しになりますが、田舎で農業とかやっている人は、都会の空調の効いたマンションで静かに本とか読むのが癒しになったりする。ふだんやっていないこと、足りないことを補うのが癒しになるわけですね。だから日常のさまざまな戦いがあるとしたら、仕事とか、楽しくなるとか、男を巡るとか?(笑)、そういったものと違うことをやるのがいいんです。

 

亜門 ふだんと違う体験や筋肉を使うようなことが癒しになるわけですね。でも都会で生きる人々には、なかなかスピードを緩めるのが難しかったりする。一度仕事のスリルや達成感を体感すると。

 

茂木 脳の仕組みからいうと、承認欲求というのは本当に人間の大きな欲求のひとつなんですよね。親からでも恋人からでも上司からでも。ただ職場での承認欲求ばかり加速すると……。

 ・・・

 生き物ですから、やっぱりバランスが大事ですよね。そういえば、よく勝ち組とか負け組とかいうでしょう。あれだってそんなにスパッと割り切れるものじゃないんです。

 

亜門 大体何で結婚できたのが、子供を産めたのが、とかで勝ち負けをいうのでしょう。

 

茂木 僕もあまりリアリティは感じてなくて、世間で言ってるだけの話でね。で、話というのがね、生き物の目的は子孫を残すことだといわれていますよね。進化論において適応度というのは一般に子孫の数で計られるわけです。たとえばジュウシマツのオスが一生懸命歌を歌うのはメスをひきつけるためで、複雑な歌を歌えるほどメスが寄って来る。ところが何かの実験で一番上手く歌を歌うオスはメスに興味なかったの。

 

亜門 ジュウシマツにゲイがいるんですか?

 

茂木 ショウジョウバエだとそういうのは〝悟り〟という遺伝子があって、メスに興味を持たないそうですが、ジュウシマツもメスと交尾しないオスが歌が一番上手い。

 

亜門 性交に興味がない悟り系か。

 

茂木 世間でいう〝勝ち負け〟は単純化されすぎてることは間違いないですね。

 

亜門 ジェンダーだって、考え方だって多種多様でいい。だからこの世が豊かになるんですね。・・・

 

 ここに出てきたショウジョウバエの話、そういえば以前に、悟りじゃないけど面白い話を読んだぞ、と思い出したのが以下の記事です。

 以前買ったビッグ・イシューに「失恋したハエのやけ酒」という面白いエッセイが載っていました。著者は池内了さん。

 

 ・・・ショウジョウバエですが、失恋するとアルコール入りの餌を好んで食べて酔っぱらうことが、以下のような実験で示されています。

 まず、既に交尾済みのため新たに交尾する気がないメスのショウジョウバエのグループを用意し、それとオスのグループとの間で1日3回、1時間ずつ一緒にさせ、これを4日間繰り返しました。このグループではオスが交尾できず、ふられることになります。また、餌は濃度が15%のアルコール入りのものとアルコールが入っていないものを選べるようにしました。

 これとの比較のために、別のオスのグループには交尾していない(従って、交尾できる)メスのショウジョウバエを用意し、条件を一緒にし、やはり二種類の餌のいずれを選ぶかテストしたのです。

 実験結果は、交尾できないふられたオスのグループではもっぱらアルコール入りの餌を選び続け、交尾できたオスのグループと有意な差がありました。・・・ハエもふられると、人間と同じように〝やけ酒〟に走る、というわけです。

 むろん、この実験はショウジョウバエの恋の成就と飲酒癖について調べることを目的としたものではありません。ハエに何らかのストレスを与えた場合に、脳内の神経伝達物質であるニューロペプチドFと呼ばれる物質(ホルモンの一種)の分泌量にどんな影響があるかを調べようとしたものです。結果は、交尾できなかった(ストレスを溜めた)オスのグループではニューロペプチドFの分泌量が少なく、交尾できた(ストレスの少ない)グループでは多く分泌されていることがわかりました。

 そこで、人為的にショウジョウバエのニューロペプチドFの量を減らしてみました。そうするとアルコール入りの餌を好むようになり、逆にニューロペプチドFを投与して増やすと、交尾できていないオスでもアルコールに背を向けるそうです。

 ・・・

 ヒトも含めて哺乳類には、ニューロペプチドFと似た脳内伝達物質として、ニューロペプチドYという分子が知られており、この量とアルコールやタバコへの依存症との関係が調べられています。

 ・・・

 ・・・まだヒトに対しては仮説の段階のようですが、アルコール依存症を治せるようになるかもしれません。ショウジョウバエのやけ酒とアルコール中毒の治療、意外な結びつきに驚きますね。

意志の力

マリス博士の奇想天外な人生 (ハヤカワ文庫 NF)

 例えば、この意志の力で心拍数を変化させる、ということには、私も関心を持ちますが、そこから全く違う発想につながっていくのが、ほんとにおもしろいな~と興味深かったです。

 

P128

 バークレーにいた頃、意志の力で心拍数を変化させることのできる人間の話を聞いたことがあった。そう念じると、心拍数を上げることも下げることもできるというものだった。また、インドのある人々は身体を冬眠状態にすることができるという。私には本当のことのように思えた。カエルの一種は夏の乾期の間、穴を掘って中に入り生命活動を休止するという。人間も動物なのだから、十分な訓練をつめば似たようなことができるようになるかもしれないと思えた。私は新しく設置した電子機器を駆使して、身体機能のうち、どれかをコントロールする方法を編みだそうと思いついた。そこでまず皮膚の抵抗を調べることにした。

 回路を流れる電流は、電圧に正比例し、抵抗に反比例する。私は電極を右と左の手首にくっつけて九ボルトを流してみた。私の身体の抵抗は一万四〇〇〇から一〇万オームの間の値をとり、高くなったり低くなったりした。それは最初、私の意志とは無関係に変動した。人間の体液には塩が含まれているから電気は流れやすい。電気が流れにくい部分があるとすればそれは皮膚である。つまり両手首につけた電極の間の抵抗値とは、入るときと出るときの二回通過する皮膚の抵抗であろう。私はそう考えた。

 では、どうすれば皮膚の抵抗値を変化させることができるのか。さっそく調べてみることにした。あれこれやっているうちに、非常につまらないことを考えたり、瞑想状態になったりすると抵抗値が上がることが分かった。目を閉じてどこか名もない暗い湖に浮かんでいる様子を思い浮かべると抵抗値は上昇し、モニターの針は一八万オームに達することもあった。反対に《プレイボーイ》誌のヌード写真をながめると、おどろくべきことに、抵抗は一万オーム以下に下がるのであった。

 こいつはおもしろい。結果がもっとわかりやすい形で見えるように、私はオシロスコープ(波形表示装置)を装備した。・・・するとオシロスコープには電圧の変化に応じて、見事な波形の模様が、さまざまな変化パターンをともなって映し出される。・・・しかも波形は私の意志一つで変化させることができる。これはすごい。・・・これは専門的にいうと「リサージュ図形」と呼ばれるパターンである。本気で集中して皮膚の抵抗値をある一定の値に保つことによって、このリサージュ図形をオシロスコープのスクリーンの中にピタリと静止させて映し出すことまでできるようになった。もちろんこれにはかなりの修業を要した。でもそれだけやりがいのあるすばらしい技だと私は思った。

 しかし、他の人たちは、全然すばらしいとは言ってくれなかった。・・・そもそもリサージュ図形を作り出して、それをスクリーン上で静止させることが、どれほど驚くべき成果であるかを・・・説明して理解してもらうことが無理というものだ。

 それならこれを使ってもっと違うことをやってやろう。なんせおれは意志の力で電圧をコントロールできるのだ。そうだ。ここにいながら向かいの家の電灯を点けたり消したりする仕掛けを作ってやろう。科学手品だ。これならあの看護学校の女の子もビックリするはずだ。

 プラモデル屋で売っているラジコン自動車を入手した。これには小さなFM電波の受信装置が載っているのだ。これを使えば道を隔てて信号のやり取りができる。・・・仕掛けは見事に働いた。

 近所の人々が次々と私のテレパシー実験を見にやって来た。もちろん彼らは私がエスパーでないことを知っていたので、結局、私が電気技術の天才であると勝手に納得して帰っていった。私も特に逆らわなかった。

 看護学校の女の子たちもこれには驚いてくれた。

二万日目の誕生日

マリス博士の奇想天外な人生 (ハヤカワ文庫 NF)

 こんなこと、考えたこともなかったなぁ・・・と思いつつ読んだところです。

 数字にそれほど強くないので、目がチカチカしましたが(;^_^A

 

P207

 私は数に強い。たとえば、これはどうかな。0,1,1,2,3,5,8,13,21,34……。どういう規則で並んでいるか分かるかい。このままどんどん続けることもできる。これはフィボナッチ数列といって、隣同士の二つの数字の和が次の数字になっているというものだ。・・・なぜこんなことをもちだしたかと言えば、私はこれから数について話したいからだ。・・・数は、少なくとも食料品の買い出しと同じくらいおもしろいものだ。

 まずは一万日目の誕生日について。それは知らないうちにひっそりとやってくる。誰からもバースデー・カードは来ない。大まかに言って二七歳の誕生日から三ヵ月ほど経過したある日がそれにあたる。ほとんどの人は気づかずに過ごしてしまう。休暇を取ってもよかったのに。もったいない。私はその日、職場に出勤しなかった。かわりにサンタ・クルーズの近くにあるヌーディスト・ビーチに出かけた。私は約一〇〇億個の砂粒の上にブランケットを広げ、足先を波に一〇〇〇回洗わせながら、一一人の女性がヌード姿でサーフィンをするさまを眺めて過ごした。

 一万日目の誕生日はもうとっくに過ぎ去ってしまったって?心配ご無用。二万日目の誕生日がある。ちょうど五四歳と九ヵ月ぐらいの頃にその日が来る。正確に計算するためには自分の生年月日から起算して、うるう年も計算に入れないといけない。もうひとつ忘れてならないのは、五七歳と一三日が経過した日のことである。その日、人は誕生五〇万時間目を迎えることになる。この五〇万時間の人生の間に心臓は約二二億五〇〇〇回の拍動を打ったことになる。呼吸なら約三億回。ちなみに三億をメートルで表せば、光が一秒間に進む距離であり、ドルにすれば一九九二年、大製薬会社ホフマンーラ・ロッシュ社がシータス社に対して、私が発見したPCRの特許権を買い取るのに支払った金額でもある。この時、私は生誕一万七五二〇日目を迎えていたが、彼らはバースデー・カードすらよこさなかった。請求額を三億飛んで一〇〇万ドルくらいにして、端数を私に手渡すくらいの鷹揚さがあってもしかるべきではないか。・・・

 地球はスイス製の時計とは違って、精密な歯車で回っているわけではない。だから太陽のまわりを一周する間に、正確に三六五回の自転を行ってはいない。・・・ということは、年をきちんとした日数で割り切れないということである。・・・一年は正確には三六五・二四二五……日ぐらいになる。信じられないことだが、この数字はすでに一五八二年に算出されていたのだ。・・・天文学者たちが総出で法王グレゴリウス一三世のために計算したのである。

 この端数の意味するところは、四年に一度、一年の日数を一日多くして辻褄を合わせる必要があるということだ。これがうるう年である。しかし本当の端数は〇.二四二五……日であって、〇.二五〇〇ではない。だから・・・四で割り切れ、かつ、一〇〇でも割り切れる年はうるう年にしないことになっているのである。・・・たとえば一九〇四年はうるう年だが、一九〇〇年はうるう年ではない。しかしこれですべてが丸くおさまったわけではなく、事態はさらに複雑である。一六世紀、法王のために暦を作った学者たちにもう少し敬意を払う必要がある。・・・もし年の数が四〇〇で割り切れるなら、今度はその年をうるう年としたのである。・・・二〇〇〇年がそれに当たる。例外がある。もし年の数が四〇〇〇で割り切れるなら、その年はうるう年にならない。これが規則である。・・・

 この規則はグレゴリオ暦と呼ばれるものである。・・・

 この暦に従っていけば、うまい具合にこれまで生きてきた日数を数えあげることができる。私はそれをすすめたわけだ。・・・

マリス博士の奇想天外な人生

マリス博士の奇想天外な人生 (ハヤカワ文庫 NF)

 こんな面白いノーベル賞受賞者がいたとは、知りませんでした。

 訳者によるインタビューと訳者あとがきから、マリス博士ってこんな風、というご紹介です。

 

P316

―あなたを形容する言葉として、エキセントリック、奇行、不遜などいろいろなものがあるのはよくご存じだと思いますが、もっともご自身を形容するのにぴったりした言葉があるとすればなんでしょう?

 

マリス うーん、そうだな……オネスト(正直)だね。私はオネスト・サイエンティストだよ。そもそも私の、世界へのアプローチは、この世界になにかグランドデザインがあってそれを証明しようとする、というものではないんだ。仮説を証明するデータがほしいんじゃない。むしろ世界がどうなっているか知りたいだけなんだ。それは子供のころガレージで実験していたころからまったく変わっていない。だから最初に考えていたとおりにならなくても全然かまわない。むしろ、あれ?そうなんだ!という展開の方が楽しいよ。でも現在の科学はそうはなっていない。みんな自分の描いた世界を証明しようとしているんだ。エイズがレトロウィルスによって起こる、人間の活動によってオゾンが破壊されオゾンホールができる、地球が温暖化している。これらはみんな仮説だよ。そしてやろうと思えばそれを支持するデータを集めてくるなんてことは簡単なんだ。でもそれは世界の成り立ちを知ろうとする行為ではない。

 

P329

 マリスのまわりには嘘とも本当とも判別できない噂がつねに漂っている。マリスはサーファーである。マリスはLSDをやっている。マリスは定職に就いていない。マリスはあらゆる職場で女性問題を起して辞めている。マリスは講演会で好き勝手な話をして講演を中断された。マリスはPCRの利権からはずされたので今でもシータス社を恨んでいる。マリスは結婚と離婚を繰り返している。マリスはエイズの原因がエイズ・ウィルスではないと主張している……等々。そのなかでも最たるものが、先にも記した、デートの最中にPCRを思いついたという、いまや「伝説」化した逸話である。まさに、その場面から、本書の第一章は始まる。

 ・・・

 本書では、マリスをめぐるさまざまな噂の「真相」が縦横無尽に語られる。そして、ほとんどの噂が大筋で本当のことだったことが分かる。マリスは世間における自分のイメージというものをはっきりと自覚していて、あえて偽悪的に、あえて露悪的に自らを語る。その点で、いわゆる浮世離れした天才でもなく、「いってしまっている」トンデモ学者でもない。つまり彼は本質的にすぐれて知的なのである。だから彼が、超常体験や宇宙人との接近遭遇を語っても、それは一種のエンターテインメントであり、ノーベル賞受賞体験を語っても、それは一種のエンターテインメントなのである。そして本書を読み終わった読者は、マリスが実に愛すべきチャーミングな人物であることを知るだろう。それは彼がすべてのことに対してつねに、きわめてリラックスして接しているからでもあると私は思う。ノーベル賞受賞者のほとんどは、ノーベル賞受賞後も緊張を解かず、よりいっそう研究に邁進するらしい。そしてひそかに二つ目のノーベル賞を狙うという。つまり、自分のノーベル賞受賞が単なるフロックでないことを証明したいのである。しかし、ノーベル賞とは本来的にフロックなものではないだろうか。マリスはこの点についても実にリラックスしている。マリスはヨットハーバーのそばの自宅で、植物を育て、夕陽を眺め、気持ちのよい日にはサーフィンに出かける。仮にノーベル賞がなかったとしても、彼は同じように人生を楽しんでいるに違いない。

 本書における彼の最後のメッセージはこうだ。「人類ができることと言えば、現在こうして生きていられることを幸運と感じ、地球上で生起している数限りない事象を前にして謙虚たること、そういった思いとともに缶ビールを空けることくらいである。リラックスしようではないか。地球上にいることをよしとしようではないか。最初は何事にも混乱があるだろう。でも、それゆえに何度も何度も学びなおす契機が訪れるのであり、自分にぴったりとした生き方を見つけられるようにもなるのである」

 

 最後のマリス博士のメッセージを読んで、7月24日の明け方(約3か月前)に、懐かしい文明堂のCM(カステラ一番、電話は二番)の曲に合わせて

「謙虚が一番 素直が二番 最後は明るく朗らかに♪」

 というメッセージが届いたのを思い出しました。

ミケーラのほんの気持ち

ロベルトからの手紙 (文春文庫)

 この本も、味わい深いお話ばかりでした。

 こちらは、遠い国に住む人がすぐそこにいるような気がした一場面です。

 

P83

「物産展へ行くのに、誰か適当な鞄を貸してくれないかしら」

 近所の知人ミケーラが広場での立ち話の途中で、相手に尋ねている。

 十二月に入ると、市内にある広大な見本市会場で国内外の工芸品や民芸品、各地の銘品を集めて物産展が始まる。地方からチーズや蜂蜜、米といった食材から衣類や装飾品、玩具に家具まで、多彩な物品が揃う。

 家族ばかりではなく、親類縁者や友人、仕事関係、近隣への付け届けは毎年のことである。贈り物は有名ブランドものに限るような相手もいれば、そういうものを陳腐に思う人もいる。

<遠く離れた地方の産品なら、価格も知れることはない。その上、個性的な贈り物にも見えるだろう>

 物産展でどうにかけりを付けようと、贈り物選びに悩む人たちが出かけていく。

 ・・・

 鞄はないか、と尋ねたミケーラは、買い出しのたびに大荷物を持ち帰るのに苦労しているらしい。

「登山用のリュックだと、混雑する電車の中で迷惑でしょ。買い物用のキャリーは、入るようで入らないし」

 いったいどのくらい買うのか、と尋ねると、

「クリスマス本番に、親族で三十五人。翌日の聖ステファノ祝祭は、友だちで二十四、五人かしらね」

 ・・・

 見つけたときに気の利いた小物や本などを少しずつ買い溜めしておかないと、ぎりぎりになって慌て、義理への帳尻を合わせただけのような物を選ぶことになる。むしろ渡さないほうがずっと真心がこもっている、という手合いの物になったりする。

 無駄な気遣いと出費を避けようと、この数年は近所の気心の知れた人たちとはクリスマス前に食事や食前酒を共にして、贈り物の代替えとすることにしている。

 必ず空手で、と事前に申し合わせて集まるのに、

「ほんの気持ち」

 ニコニコと贈り物を配る反則者が必ず出る。ミケーラだ。お金を捨てるだけのような類いの贈り物が多い。

 鏡の破片やビーズが軸に埋め込まれた、すぐに書けなくなるインド製のボールペン。

 極彩色のフリンジが付いた、化繊のロシア風ショール。

 彫りの悪い素焼きの豆皿。絵柄が歪み変色している。

 強烈な匂いの手作り石鹸を色違いで三個。

 詠み人知らずの詩の一片が各ページに記載された日記帳。しかも表紙には犬猫の写真。

 南の山奥にあるという、見知らぬ村の民謡を集めたCD。

 開けた途端、処し方に悩むようなものばかりだ。ミケーラが約束を守らず、毎年似たような<ほんの気持ち>を携えてやってくるのを、皆、承知している。もう一種の年中行事になっていて、貰うと当惑するくせに、受け取らないことには何となく年が越せないような気がして、皆はクリスマス前の集まりに出かけていく。

満月に照らされて

サルデーニャの蜜蜂

 内田洋子さんのエッセイを読みました。

 文章から、その場の風、匂い、湿度などが伝わってくるようです。

 

P157

 ジーノから借りた家の真向かいの山に人が住んでいるらしいと知ったのは、秋もかなり深まった頃だった。・・・

 ・・・

 山から山へ灯りで呼びかけ合ってから数日後、双方の山を下りたったところで初めてその相手と会った。・・・長身で痩せ、髪を青みがかった黒に染めて後ろでひっつめている。ジーンズは洗いざらしで色が抜け、腿のあちこちが裂けている。ハイカットのバスケットシューズは泥まみれ。高い腰に付けたウエストポーチから煙草を取り出して、どう?と私に勧めてから、

「時間があれば、ちょっと寄って行く?」

 私ソフィア、と握手の手を伸ばしながら招いてくれたのだった。

 大変な勾配だった。坂道などという生易しいものではない。絶壁に這う根や低木につかまりながら、よじ上っていかなければならない。ソフィアは慣れたもので、休まず軽やかに上っていく。・・・

 難関をどうよじ上ったのか、よくわからない。上り切った前には立ち枯れている雑草の繁みがあり、両手でかき分けて進むと突然、畑に出た。イチジクやスモモ、キウイなどの果樹が周囲に植わっている。ビニールを被せた畝にはレタスが結球し、端にはパセリやローズマリー、バジリコが寄せ植えになっている。

「まだ実が生るのよ」

 ソフィアは果樹の枝に引っ掛けてあった籠を取り、季節外れのトマトを捥いで投げ込んでいる。

 ・・・

「今晩は、うちで食べていってね」

 招待に喜びながら、でも、と闇の中の絶壁を思い浮かべて躊躇している私に、

「心配しないで。奥の部屋が空いているから泊まっていけばいいのよ」

 不思議な夕食だった。ソフィアは畑で採ってきたばかりのトマトを次々と手で絞ってザルに上げ、あっという間に玉ねぎと人参をみじん切りにし、全部いっしょに深鍋に放り込んだ。鍋底でたぎるオリーブオイルに、具が泳ぐ。坂道を背負ってきた買い物袋から、挽肉の包みを丸ごと加える。肉汁と野菜がジュウと音を立て、ボローニャが鼻先に現れた。

「余所者なのよ、私も」

 ソフィアが沸き立つ湯に投げ入れたパスタは、手打ちのタリアテッレだった。

 大鉢にソースとパスタを混ぜ合わせていると、台所の窓の向こうに月が出た。

 チイチイと羽音がし、リーンリーンと虫の音があちこちから聞こえる。ソフィアは電灯を消し大鉢を抱えると、屋外に向かって顎をしゃくった。

 ・・・

 十二夜くらいだったろうか、それでも月光は十分に明るく、ボロネーゼソースを絡めたパスタから立ち上る湯気も見えたし、湯気越しに親子三人とも挨拶できた。

「ダリオは十五年前の秋の満月の夜に生まれて、アガタは十二年前の夏の満潮時に生まれたの」

 ・・・

 月が満ちると、ソフィアから声がかかるようになった。何度か訪ねるうちに、月光の下、山道を歩くこつを覚えた。最後の急勾配を上りきると、ほっとした。ここまで来れば、もう大丈夫。山と月に見守られているような、静かな安堵感があった。

 畑のところからもう、野菜を炒める匂いがしてくる。何度来てもメニューはボロネーゼソースのタリアテッレと決まっていた。今日は少し早めについたので、まだ暮れきっていない。薄紫色から藍色に変っていく空の裾に山々が黒く沈んで、月を待つ。・・・

魔女に会う

「作家」と「魔女」の集まっちゃった思い出 (角川書店単行本)

 草笛光子さん、笹本恒子さんにつづいて角野英子さん・・・人生の大先輩のお話はとても興味深いです。

 

P101

 ・・・円も自由化されてなく、海外旅行もできない時代、でもブラジルなら移民として行かれると知ると、結婚したばかりだったこともあって、その半年後には二人で片道切符を握って船に乗り込んでいた。まことにせっかちなコスモポリタンだったのだ。・・・

 ・・・

 私はこの町で一人の魔女?に出会った。本人にそう告白されたわけではないので、いいきることはできないけど。私には魔女としか思えなかった。名前はクラリッセ。私より三歳ほど年上の二十七、八。コピーライターをしていて、とりのくん製の商品名はチキンをもじって「チキーニョ」にしようなんて考えていた、そんな人だった。

 初めて会ったのはサンパウロの日本映画館のロビーの片すみ・・・振りむいた顔は燃えるような赤毛にかこまれ、ちょっと離れた目は翡翠の緑色、煙草の煙にいぶされた声は見事なハスキーボイスだった。・・・「明日、あたしの家にいらっしゃいよ。海辺よ。ここからバスで十五分」といった。海辺とは……このサンパウロには海辺のかけらもないはず。・・・

 次の日訪ねた彼女の家はアパートの三階のワンルーム、一方に大きな窓があって、細い通りをへだてて木立の深い庭が見えた。「床に寝ころがって目をつぶって」いわれたとおりにすると、すぐビーチの意味がわかった。むこうの庭の木々が風に吹かれて音を立てている。ざざーざざざー、波のように。・・・

 ・・・

 こんな彼女の家にはいろいろな人が集まってくる。まず同性愛の男性たち、・・・「あんたは偏見がなさそうだから特別」と私は同席をゆるされた。・・・今から三十年も前カトリック信者の多いブラジルでのことだ。恐らく肩身の狭い想いをしていたはず。クラリッセの部屋は彼らの解放区なのだった。「だれを愛したっていいわよね。あたし、木だって鳥だって愛していいって思ってるの。同じ星に乗ってるんだもん。でもねえ、あんなきれいな男の子が女の子嫌いだなんて、これは残念」

 ・・・

 その後、少しずつクラリッセの生い立ちのようなものが私の耳に入ってきた。生れはリオ・デ・ジャネイロ。大きな銀行の創業者の孫で、一人ずついる弟と妹はちょっと桁外れのセレブ。彼女自身はハーバードとソルボンヌ大学卒。七ヵ国語を自由に話す。何かの拍子に彼女は自分の家のことを話したことがあった。

「あたしは、お金、あったんだけど、全部使っちゃったのよ。だから今は何もなし、家族もなし」

 彼女はすっからかんというように両手をぱんぱんとはたいてみせた。

 そんなクラリッセが、私が帰国して一年ほどたったとき、ひょっこり日本に現れた。・・・そしてすぐ六畳一間を借り、銭湯にかよう暮らしを始めた。仕事も自分で見つけてきた。・・・

 ・・・

 そして三年ほどたったとき、突然彼女は姿を消した。仕事先から問い合わせが来る。困っていると、パリからハガキが届いた。

「今、パリ、あたしは元気、すべてOK」

 文面はたったのこれだけ、住所も書いてない。なぜ、一言の別れの言葉も告げずに行ってしまったのだろう。・・・

 それからまた二年ほどして、今度はブラジルの彼女の弁護士から手紙が来た。

「クラリッセの居所を知らないか。もし知っていたら、彼女の叔母が少なからず遺産を彼女に残しているので、某月某日までに自分のオフィスに出頭するように伝えてほしい」というのだった。でも彼女は居所しれず。私はその旨を弁護士に書いて送った。

 それからまた三年ほどして、私はたまたま京都に出かけていった。すると、京阪の地下の入口をクラリッセらしい赤毛の後ろ姿が駆け下りていくのを見た。「あっ!」電気が身体中を駆け抜けた。私は人目も気にせず大声で彼女の名を呼んで追いかけた。振り返ったのはやっぱりクラリッセだった。

「どうしたの、なぜなの。どうしたの」

 そういいながら、私の目からは訳もなく涙があふれてきた。クラリッセは当惑したように私の肩を叩くばかり。やっと落ちついて、これだけは伝えなければと思い遺産のことをいうと、彼女は首をすくめて「もう日にち過ぎちゃったもん。いいわよ」というのだった。連絡だけでもしてみたらと、なおも私が続けると、「もう終わり、あたしには関係ないわ」と、こんなときいつもやったように両手をぱっぱとはたいてみせた。住所を教えて、という私に「ないのよ。旅行中だもの」と首をふる。そして、「チャオ、エイコ」と一言、身をひるがえして、階段を走り下りていってしまった。・・・それから、私はずーっと彼女のことが気になっている。

 あんなにこだわらず自在な生き方をする人を私は他に知らない。片手をすいと空にのばして、自分に合ったものだけ手に入れる。決して余分のものを望んだりしない。私にはそれが美しい魔法のように思えるのだ。

 ・・・

 ・・・大人になると、目に見えるものばかりが大切に思えてくる。家族を持てば、それが一層大きくなる。空の底にひそんでいるどこか暗い、でも力のある空の色。水平線が見せてくれる心の踊るマジック。人を支えてくれる目には見えないもう一つの世界があることを、私は忘れかけていたかもしれない。それを彼女は知らせてくれたのだ、と今は思える。・・・

 このクラリッセは、ブラジルを舞台に書いた私の作品「ナーダという名の少女」のモデルになった。