オードリーへの質問

オードリー・タンの思考 IQよりも大切なこと

 何より大事なのは「楽しむこと」、素晴らしいなぁと思いました。

 

P142

 私は一度、「なぜ学者の道を選ばなかったのか」とオードリーに尋ねたことがある。彼女の答えはこうだった。

「私はすべての時間を研究に当てていますよ。見知らぬ人同士がどのように共通価値を創り上げるか、それが私の研究テーマです」

 ・・・

 ・・・

 ・・・冒頭で紹介した「なぜ学者にならなかったのか」という質問に対する彼女の答えには、続きがある。

「あなたの質問が『なぜ教授にならなかったのか』という意味でしたら、教授は所属している大学の学生のために精力的に力を発揮するのに対して、私が協力し、学びたいと思っている相手は世界ですから、範囲が違うのです」

 

P178

 ・・・「あなたのような考えが台湾の若者たちにも広がっていると感じる」とオードリーに伝えた。その答えはこうだった。

「私の考えも誰か他の人から来たもので、私も他の人へそれを受け渡しているのです。〝これは誰々の考えだ〟ということではなく、考え方こそが主役なのです。私たちはその考え方を継承しているに過ぎません」

 

P252

 オードリーを台湾政府に抜擢した当時の女性閣僚ジャクリーン・ツァイが、「枠に囚われずに生きている人間は、彼らに見合った舞台がそこに用意されていれば、いつでも素晴らしい能力を発揮できる」といったことを話してくれた。しかし、その舞台の見つけ方がわからない、という人が大半ではないだろうか?

 そんな漠然とした疑問をオードリーに尋ねてみた。

「私は自分の経験しかお伝えすることができませんし、他の人たちは違う方法を取っているだろうという前提でお話しします。私の行動原理はとてもシンプルで、〝自分が面白いと思うことしかしない〟ということです。たとえ大金を稼げる仕事があったとしても、面白いと思えない仕事であれば、やりません。そして面白いと思ったことがわずかしか稼げないとしても、それで飢え死にすることがないのであればやってみます。

 面白いと思いながら何かに携われる場合、私はその過程で新しい学びを得ることができ、私と一緒に仕事をしている人もそういった学びの楽しさを共有でき、彼らもまたより積極的に参加してくれるようになるからです。一方、やりたくないことを無理して行った場合はその逆ですね。ですから私にとって何より大事なのは『楽しむこと』なのです。楽しければ毎日目を覚ました時にたくさんの新しいアイディアが浮かび、最も良いパフォーマンスが発揮できるでしょう。その差は歴然です」

制限のない新しい文化

オードリー・タンの思考 IQよりも大切なこと

 印象に残ったところです。

 

P47

 中学3年生の時のこと。オードリーは母親に「閉じ籠もれる場所に行きたい」と告げる。聞けば、「自分の中には、日常生活をしている〝宗漢(オードリーの以前の名前)〟、詩を描いている時の〝天風〟、そしてパソコンの世界にいる〝Audery Tang(オードリー・タン)という3つの人格がいる。それらのまったく違う個性が身体の中で調和していない。だから静かな場所へ行って、しっかり整理したい」と答えた。

 そしてオードリーは中学の校長を訪ね、「今は不安定な状態だから」と2週間の長期休暇を願い出る。「足りなかったら1~2ヵ月くらい延ばしたい」と付け加えることも忘れなかった。校長は説明を聞くと、「この子は木のように速く成長するのだ。静かによく考えたいと言っているのだから行かせてあげよう」と考え、手を振りながら「日数が足りなかったらまた話そう」と見送ってくれた。

「半径50メートル以内に誰も人がいない場所」という希望条件を満たす場所として、自然豊かな烏來の小屋を借り、一人でそこに籠ったオードリーは、母親がまとめて置いていってくれた食糧を食べながら、数日間を過ごした。

 彼女は当時をこのように振り返る。

 

「私にとって、詩やプログラムを書くことは創作で、私を通してこの世界に生まれるものでした。それをする時の私と、人と楽しくおしゃべりする時の私はまったく違う状態で、当時は切り替えがうまくできていませんでした。それにまだインターネットができたばかりだったので、インターネット上と実際に対面した時ではコミュニケーションの方法が違っていたのです。当時のネット文化は、海外の国の文化をベースにしたインターネット独自のものでした。ですからその文化の中の表現方法で自分の周囲に接すると、皆からはおかしく思われる。その逆も然りといった状況でした。この時は、『微軟陰謀』(日本語では「マイクロソフトの陰謀」という意味。・・・)という一冊の本(著者補足:オードリー自身が起業後、出版に携わった)を持って行き、何度も読んで過ごしました。その本には、二人の作者がネット文化と現実世界での生活とを結合させる試みについて書かれていました。彼らは自分たちがそれに成功した体験を綴っていたのです」

 

 こうして、彼は本を読みながら人格の統合に成功する。

「通常であれば、そういったことはカウンセラーなどの精神医学の専門家の助けを得ながら行われることが多いのに、あなたは一人で実施したのですね」と私が言うと、「そうですね、だから本も一種の専門家だと言っていいでしょう」と答えた。

 母親は、家に帰ってきた後の彼は「耳識(聴く心)が全開」になっただけでなく、柔らかく、まるで女性のように、人が変わったように感じたと書いている。

 この時に人格を統合したことと、トランスジェンダーになったことには何か関係があるのかという問いへの、オードリーの答えはこうだった。

 

「日常生活において、社会は私たちに性別による違いを期待するかもしれません。しかし、インターネットの世界におけるコミュニケーションや、プログラムを書くような創作において、性別とは何の意味も持たないだけではなく、事実上自分に制限をかけることにもなり得るのです。ただ、この時から私は人の話を聞くようになりました。以前は人と話していても私が話していることのほうが多かったのですが、この時から私は少し話したら一度ストップして、相手の話をできるだけ完全な形で聞こうとするようになったんです。

 それは、自分が人を説得したり、誰かに影響を与える必要はないのだと考えるようになったからです。社会の中には『オーナーらしさ』とか『一家の主』といった、人それぞれが演じるべき役割があると思っていましたが、インターネットの世界にそんなものは一切ありませんでした。ここでは誰もが平等で、社会のシナリオに制限されることもありません。インターネットの普及に伴い、今後はこのような文化が主流になっていくと思ったので、その時から私は、自分に複数の側面があるかのように装うのをやめました。たとえ人と違っても、このままの自分を保てばいいと。自分の内側と外側を一致させたと言っていいでしょう。だから、たとえインターネットの文化になじみのない誰かが、私に社会上のシナリオを演じるよう求めてきても、私は逆に、この平等で制限の無い新しい文化を紹介したいと思ったのです」

 

 校長から学校に来なくてもいいとの許しを得たことで、15歳のオードリーは友人たちとIT企業を起業する。インターネット関連の書籍を出版したり、検索をアシストするソフトウェアを開発し、わずか3~4年の間に全世界で約800万セットを販売。2005年にプログラミング言語Perl>がバージョン5から6に移行するのに大きく貢献し、33歳で現場から引退した後は、米・アップル社や台湾の電気製品メーカーBenQの顧問を歴任。台湾のIT界に広くその名を知られ、「ITの神」と呼ばれるようになる。

オードリー・タンの思考

オードリー・タンの思考 IQよりも大切なこと

 オードリー・タンさんの本、これで3冊目くらいですが、今回も、この方の言葉に触れると視界がクリアになるような感覚がありました。

 

P27

 祖母の話によれば、オードリーは生後8ヵ月で言葉を話し始め、1歳2ヵ月で歩き、1歳半で1度聴いた曲の歌詞をすべて覚えてしまうほど記憶力が優れていた。3歳頃には百科事典と出合い、1文字1文字覚えてしまうほど夢中になったという。

 彼は幼稚園に上がってからも、身体が丈夫でないために動作は遅く、走ったり飛び跳ねたりできなかった。また、他の子どもたちは興味を示さない「思考」などといったことに興味を持つなど、周囲との違いが目立ち始め、次第に周りの子どもたちは「変わってる」と、彼を排除し始める。

 ・・・

 

「学校や先生、クラスメイトたちに風評被害があると申し訳ないので、これは絶対に訂正させて頂きたいのですが、私がいじめに遭ったのは小学2年生の1年間だけです。私は3つの幼稚園、6つの小学校、そして中学校は1年間だけど、10年間で10の幼稚園と学校に行っています。何かあったらすぐに転校するので、いじめがずっと続いていたわけではありません。転校の理由は、私自身の適性問題だった部分もあるのです」

 

 では、適性問題とはどのようなものだったのだろう。

 母親の著書によれば、小学校1年生の算数の授業で足し算を習う際、教師が「1+1=2」と教えると、オードリーは「それは進数を見るべきです。もし二進数だった場合、1+1は2ではありません!」と発言する……といった状況だったようだ。「小学1年で教えるのは整数と決まっているのに、いきなり負の概念を持ち込まれると困ります」と教師から苦情を訴えられたというエピソードが書かれている。

 以降、算数の授業になると、教師はいつもオードリーに図書館へ行って本を読んでいるように伝えるか、ゴミ捨てなどの雑用を命じたという。その後2年生のときに、彼は<ギフテッド・クラス>という、成績が突出した生徒が入るクラスのある学校へ転校した。だが残念なことに、彼はここで最悪の体験をすることになるのだった。

 ・・・

 母親はギフテッド・クラスに入りさえすれば、オードリーの学校での生活はきっと良くなると信じていた。だが現実には、こういった特殊なクラスが設立されたばかりで当時の学校側にノウハウがなかったことも災いし、生徒たちは互いに嫉妬し合い、争ってばかりで、さらに彼を苦しめてしまう。

 あるクラスメイトが彼に放った言葉こそ、当時の教育問題の深刻さを象徴している。

「なんでお前は死んでくれないの?お前が死んだら、僕が一番になれるのに」

 この恐ろしい言葉を発したクラスメイトの父親は、自分の息子が1位の成績を取れないと体罰を与えていたのだった。

 

「私が転校した後、このクラスメイトは本当に1位になったかもしれません。でもそれは、その子どもの学力が上がって1位になったわけではなく、1位がいなくなったから自分が1位になったというだけなんですよね」

 オードリーは当時を振り返り、悲しげに笑う。

「でもこれは、その子が悪いわけではありません。7,8歳の子どもが生まれながらにして自分から好んでクラスメイトをいじめたりするはずはないのです。これは構造の問題です。当時の教育は子どもたちを比較し、競争させるものでした。だから保護者たちも自分の子どもを他の子どもたちと比べる。最後に最もその影響を受けるのは、子どもたちなのです。私は小学2年生の頃に半年間休学している間、この道理に気づきました」

 

 私は、ただ頷くことしかできなかった。小学2年生で、自分が日常的にひどいいじめに遭い、クラスメイトから「死ね」と言われた時に、こんな風に状況分析できるなんて。・・・

 ・・・

 オードリーは、当時を振り返ってこう話してくれた。

 

「当時の教師は、『レジリエンスを育てなければならない』と言いました。悪い状況になっても、自らで克服する力のことです。また、台湾には『苦労を糧にする』という諺もあります。ですが、耐性をつけるために我慢することと、その苦しみの奴隷になるということは、非常に区別が付けづらいのです。『学習性無力感』といって、何もできることがないのだという感覚を一度背負ってしまうと、これから先にもし世界の不公平なことを変えられるチャンスが訪れても、長い間閉じ込められた鳥が飛び立てなくなってしまうように、何もできなくなってしまう。

 この時の私は、その極限を超えていました。筋肉を鍛えすぎると怪我をして、靱帯や骨を損傷すると一生回復するのは難しくなるように、当時の学校の状況は、私の極限を超えていたのです」

 この頃から、オードリーは父親に対して反抗的な態度を取るようになる。

「その頃の私の態度を『反抗期だった』と表現したくなるかもしれませんが、当時はまだ9歳で、そういった時期ではありません。また、私は父を不快に感じ、彼に対して反抗的な態度を取っていましたが、父以外の同居している家族を不快だと感じることはありませんでした。そして、この感情はその時期が過ぎ去れば治まるという類のものではなかったので、『反抗期』と呼べるものではありません。

 ではなぜ反抗的な態度を取っていたのか?その理由ははっきりしています。一人の人間が『痛い』と思うのは現象であって、それを体験した人のみが語る資格のあるものであり、他の人が『それは痛くない』と言うことはできないのだということです。ですから、当時の父が私に『学校に行くことはそんなに辛くない』として、学校に行き続けるよう言ったことは矛盾していました。私は絶対にそのことを彼に知らせる必要があったのです」

わざわざある

たけしの面白科学者図鑑 地球も宇宙も謎だらけ! (新潮文庫)

辺境生物学の達人、長沼毅さんとのお話です。

炭素は宇宙では多いけど、地球上ではシリコンの方が多いって、面白いなぁと思いました。

 

P172

たけし 実際に宇宙に生物がいるかどうかは分からないけれど、この地球上の生物はすべて炭素を含む物質、つまり有機物で出来ているでしょう。宇宙に生物がいたとして、炭素を素にしない生命の系統というのもありえるわけですか。

 

長沼 あっていいですよね。炭素は使い勝手がいい元素ですけれども、別にほかの元素でもいいんじゃないかと思います。ケイ素を素にした化合物、つまりシリコンの生命体もあっていいんじゃないかと思います。

 

たけし そういえば、よくSFでもシリコン生命体というのが出てくるような気がしますね。

 

長沼 シリコンは炭素と性質がよく似ているんですよ。高校の化学の時間で勉強したと思うのですが、炭素原子には四本の腕があるでしょう。その四本の腕で、他の原子と結合する。シリコンも結合の腕が四本あって、他の原子と手をつなげるんです。ただ、炭素のほうが多種多様で複雑なものをつくりやすい。ケイ素だと、あまり複雑なものはつくれないんですね。

 

たけし おいらなんか、金人間がいいと思うんですけど。酸化もしない、形も全然変わらない……。

 

長沼 面白い発想ですね(笑)。今、シリコンと言ったのは、もう一つ理由があって、地球の表面で最も多いのが酸素とシリコンです。それで、地球上でもシリコンを使った生命もあっても良かろうと。炭素なんで逆に地球上では少なくて、何で生命はわざわざこれを使ったのだろうと思うんです。

 

たけし 炭素は、そんなに多くないんですか。

 

長沼 宇宙では多いですよ。宇宙では多いんだけれども、地球の表面ではシリコンのほうが多いです。

 

たけし やっぱり金人間はダメかな(笑)。

 

長沼 宇宙人を考えるときに、どこまでイマジネーションを広げられるかというのが我々の問題なんです。あるテレビ番組で、アメリカの研究者と我々が競争したことがあるけれども、発想の幅の広さでは、我々のほうが進んでいるかもしれない。彼らの発想は、よくある宇宙人の格好ばかりなんです。

 

たけし 手二本、足二本みたいな人間型が多いんですか。

 

長沼 ええ、そんなのが多いでしょうね。

 

たけし 脳だけの宇宙人という発想はないんですか。脳があって、その周りは全部機械で、脳が指令だけを出している。

 

長沼 そんなのが、あってもいいと思います。脳だけというのは、結構私の理想なんですけれども(笑)。

 

たけし でも、物体を捉える目だけは必要でしょう。

 

長沼 ええ。目の代わりに、カメラでいいんですけれども。

 

たけし SFなんかでは、脳だけという考え方よりももっと進んで、意識だけで体を持つ必要がないという考え方もあったりする。そうなると、生きている意味は分からない。

 

長沼 意識は実は不思議な問題です。ちょっと今すぐには答えが出ないですけれども……。ただ我々が生物としてここまで達した。これによって我々は生命のことを考えたり、宇宙のことを考えたりするようになった。これは宇宙にしてみたら嬉しいことなのかなと思うんですよ。宇宙の内部に、変なものが生まれて、自分のことを考えてくれているというのは。

 

たけし おいらたちがいないと、宇宙は気づいてもらえないわけだ。だから、宇宙には人間が必要だと……。

 

長沼 この宇宙においては、実を言うと、生命なんかなくても全然困らない。でも、〝わざわざある〟と思うんです。そこが不思議なところです。天文学者がよく、この宇宙のあちこちに生命があってもいいと言うんですけれども、私たち生物学者はあんまりそうは言わない。生物学者は、生命は奇跡的な存在だと思っているんですよ。奇跡であれ普通であれ、この宇宙には、生命という不思議な現象がある。しかも、その生命は意識も持っているんですから。この宇宙はそんなものがなくても痛くも痒くもないのに、どうして様々な生命や私たち人類がいるんだろうかと思うんです。

理由も意味もない

たけしの面白科学者図鑑 地球も宇宙も謎だらけ! (新潮文庫)

 こちらはアストロバイオロジーの達人、山岸明彦さんとお話です。

 生命の誕生に理由も意味もない、と考えられているとは、面白いなあと思いました。

 

P186

たけし 先生の専門は「アストロバイオロジー宇宙生物学)」と伺いましたが、そもそもどういう学問なんですか。

 

山岸 アストロバイオロジーという名前はNASAアメリカ航空宇宙局)が考案したんです。NASAの定義によると「宇宙における生命の起源、進化、伝播、および未来を研究する学問」ということになっています。・・・

 ・・・

たけし 先生はもともとは生物学者で、特に地球生命の源流を探る研究をされているそうですね。ひと口に生命と言っても、生命とは何かという定義が難しい。・・・

 

山岸 生命の定義は、人によって全然違うんですね。・・・しかし一般的に言われているのは、まず第一に「膜で囲われていること」です。・・・それからあとは・・・増えないといけない。「複製増殖する」ということですね。それから、これは少し難しい話になりますが、「エネルギーを使っている」ことを定義に入れる人が多いです。

 ・・・

たけし いきなりおいらが気になっていることから聞かせてもらいます。この広大な宇宙の中で、どうして地球に生命が生まれたんでしょうか。果たしてそれは必然だったのか、単なる偶然だったのか。

 

山岸 かなりのところは必然だと思いますね。というのは、生命は有機物から出来ていますが、その有機物の元となる炭素原子は宇宙にごまんとある。ですから、有機物ができるのは、これはもう必然です。その後、生命が誕生したのが偶然か必然かと問われれば、よく分かりません。というのは、結局そこで生命が生まれるためには、RNAが出来ないと駄目なんですよ。今、生物学者の中でも、いわゆる分子生物学者たちは、生命の一番最初はRNAだと信じています。

 ・・・

たけし その生命誕生の元になったRNA有機物から出来ているわけですよね。その有機物は宇宙から来たのではないかという説があって、先生たちは、有機物の「宇宙起源説」の真偽を確かめようとしているんですね。

 

山岸 それを「たんぽぽ計画」と言います。「宇宙に生命の種が漂っている」というイメージが、タンポポが綿毛で種子を飛ばすことと重なるので、そう名付けました。・・・

 ・・・

たけし ・・・でも、先生はどうしてこういう研究をされようと思ったんですか。

 

山岸 もとは生物学で、一番最初は光合成をやっていました。だから今もエネルギーのことはそれなりに分かるんです。当時はまだ分子生物学というのは始まったばかりでした。・・・光合成の後に、分子生物学を始めて、その頃から遺伝について調べるようになりました。それで昔の生物の遺伝子はどうだったのかを研究し始めたのが、今につながっています。

 

たけし だから生命の起源にも興味を持たれるわけですか。

 

山岸 そうです。それで深海の熱水噴出孔付近に生息する好熱菌なども調べていて、そろそろ海の底に飽きたかなということで、上のほうへと目を向けた(笑)。

 

たけし 生命という点では研究されていることは変わっていないのだけれど、遺伝子、海底、宇宙とスケールが広がって行くから面白いと思う。ところで、アストロバイオロジーでは、「生命の過去」ばかりじゃなくて、「生命の未来」も考えていくという。・・・

 ・・・人類の未来はどうなるのか。先生はどう進化すると考えているんですか。

 

山岸 それはやっぱりたけしさんの話ではないですが、人間の身体が機械にどんどん置き換わっていくと思います。・・・機械の進歩のほうが圧倒的に速いからです。遺伝子を変えていくより、機械を使ったほうが早いということになる。すでに私たちの記憶の一部は、パソコンに置き換わっていますよね。

 ・・・

 それから、SFではないですが、人間同士の脳が無線でつながれる時代もそんなに遠くないんじゃないですか。

 

たけし ・・・でも、こうやって対談していても、やっぱり不思議なのは、どうして宇宙に生命が存在しているのかということですね。

 

山岸 それは、宇宙が膨張しているからなんですよ。宇宙が膨張すると非平衡、つまり安定しない状態になります。・・・もし宇宙が膨張せずに止まってしまうと、ちょうど部屋を密閉したのと同じようになります。永遠に何も起こらない、熱力学的な死を迎えることになるんです。

 

たけし 先生が一番最初に話した宇宙には有機物が満ちているというのも、非平衡というのも生命が誕生した「要件」ですよね。でも、そもそも生命が誕生した「理由」や「意味」についてはどうお考えになっていますか。

 

山岸 私は理由も意味もないと思っています。そこもダーウィニズムで、誕生できたから誕生した。その理由は、さっきも言った宇宙が広がっていることがまず第一です。それから宇宙にはどこにでも有機物があるし、水もある。だから惑星に温泉があったら「誕生しようかいな」ということだと思います。生命は「ただ誕生した」のだと思います。

別に理由なんてない

たけしの面白科学者図鑑 地球も宇宙も謎だらけ! (新潮文庫)

 

 こちらは地球微生物学の達人、高井研さんとのお話です。

 進化は基本的に結果論でしかない、というところ、面白いなあと思いました。

 

P115

たけし ・・・基本的なことを伺うようだけど、そもそも生命の定義はどうなっているんですか。

 

高井 「生命の定義」については、学者の中でも全然共通認識がないんです。一応NASAがきちんと定義しています。なぜならば、NASAの最終目標が宇宙で生命を見つけることなので、探すものの定義を決めないと探せないからなんです。その定義とは「生命とは、ダーウィン進化を受けることが可能な、自己保存的な化学系である」というもの。ダーウィン進化、つまり受け継がれる変異が起きてそれが選択されること、エネルギーを取り込んで自分自身を維持すること、自分をコピー(自己複製)すること、が可能な化学反応のシステムを「生命」と呼びましょうということです。いかんせん抽象的な話ですから、頭ではなんとなく理解できても、「じゃあどれが生命だよ」と言われるとピンとこない。

 ・・・

たけし ところで、高井さんは自らの説を証明するために、深海まで潜って証拠を集めている。それは分かるんだけど、海底を掘削までしているでしょう。あれはなぜですか。

 

高井 ・・・四十億年前と同じ環境を知りたかったら、酸素に毒された海底ではダメで、酸素がない海底の下まで行かないといけない。

 

たけし そこに酸素のない時代に生息していた微生物がいるだろうと考えているわけですか。

 

高井 はい。いろんな人が「海底の下に、四十億年前の環境で生息していたのと同じ微生物がいるだろう」と言っているのですが、誰も見たことがない。僕は熱水噴出孔のような高温の環境でメタン菌が誕生したと考えているのですが、メタン菌は酸素に弱くて、酸素に触れると死んでしまう。ですから、海底の下を掘って酸素がない状態でメタン菌を見つけて、直接証明することも重要だろうと思っているんです。

 

たけし それで見つかったんですか。

 

高井 うまくいってない(笑)。・・・海底のすぐ下に熱水の層があるので、微生物にとってちょうどいい温度帯が思った以上にないんです。・・・一箇所だけインド洋の熱水噴出孔で、メタン菌が一次生産者である生態系を見つけました。・・・

 

たけし ・・・生命って、熱水噴出孔でいきなり誕生したんですかね。

 

高井 いきなりじゃないんです。徐々にです。例えば、ある有機物の塊が二、三個の化学反応を起こしていても、それは生命とは言えない。それが四個、五個と複雑になっていって、徐々に複雑性を増していく。そして、あるとき僕たちは生命と非生命の境界を越えるんです。実は、この境界がなんなのか、生命と非生命がどこで分かれるのかと言われると、誰も答えられない。ただ、考え方には二つあって、ひとつは僕たちが生まれたのは、ワンチャンスでその境界を越えたというもの。もうひとつは、越えては失敗して滅びることを繰り返す中で、ある時にそれを大きく越えた生命が今まで続いたというもの。これもどちらなのかは決着がついてないんです。

 

たけし ・・・人類もネアンデルタールとクロマニョンがいたけれど、ネアンデルタールが滅ぼされてクロマニョンが残ったようなものだ。

 

高井 ただ、何が生き残ったのかは必然ではなくて、結果論なんです。進化は基本的にすべて結果論でしかない。もう一度同じように生命が誕生しても同じ道をたどるとは限りません。

 

たけし この対談でも、シマウマの縞は必然でそうなったのではなく、たまたまだという話をしたばかりです。・・・

 

高井 シマウマの縞も進化の必然性があったわけじゃないかもしれない。たまたまであって別に理由なんてないんですよ。

たけしの面白科学者図鑑

たけしの面白科学者図鑑 地球も宇宙も謎だらけ! (新潮文庫)

 雑誌「新潮45」の連載<達人対談>のなかから、地球と宇宙の謎を追う科学者たちとの対談を集めたというこの本、へぇ~と知らないことばかりでした。

 こちらは植物探検の達人、荻巣樹徳さんとのお話、こんな方もいるんだと驚きました。

 

P53

たけし 今まで発見して一番感動した植物は何ですか。

 

荻巣 ロサ・シネンシスの野生種は嬉しかった。それから、一九八九年のクリスマスローズ(パンダを世界に紹介したフランス人宣教師、アルマン・ダヴィッド神父が標本を採集したが、文献で知られるのみだった)の再発見。それと二〇〇二年の黄色いアヤメの再発見ですね。

 

たけし それは「やったー!」という感動なんですか。

 

荻巣 「ああ、縁があったんだな」とか、「僕を待っていてくれた」とか、そんな感じですね。

 

たけし 感激という感じとは、ちょっと違うんですか。

 

荻巣 もちろん出会った時は嬉しいものです。けれど、例えば登山家は標高の高い山に登るのにかなり日程を取って、高度順化していきますよね。僕の場合は、その地域へ入ってよいという許可が下りても、場所によっては期間が三日しかなかったりする。時間がないため高度順化をしないまま標高の高い山に登るので、もうこのまま死んだほうがいいというくらいの苦しい思いで移動するわけです。僕は基本的に標高の高いところに弱いので、植物に出会った瞬間は、もうこのままどうなってもいいと倒れこむような感じになる(笑)。

 

たけし 先生が次に狙っている「幻の植物」はあるんですか。

 

荻巣 今、僕が見つけたいと思っている「幻の花」というのは、青いユリです。これはイギリス人のジョージ・フォレストが二十世紀の初めに採集して標本にしたのですが、その後、存在が確認されていません。ミャンマーの北東部で採集されたことだけは分かっています。・・・ただ、非常にデリケートな地域でしてね。

 

たけし デリケートというと……。

 

荻巣 中国側からアプローチしているのですが、ミャンマーからアヘンが入ってくるルートに当たるため、中国の国境警備隊の警備がすごく厳しいのです。・・・青いユリの他に、僕が目指しているもう一つの「幻の植物」があって、これはミャンマーのもっと奥へ入らなければなりません。

 

たけし それはどんな植物ですか。

 

荻巣 幻のネギです。これもだいたい場所が確認できたのですが、写真を撮りたいと思っています。

 

たけし えっ、ネギなんですか。

 

荻巣 ええ、ネギです(笑)。ネギというのは世界中に分布していまして、自然に生えている野生種だけでも八百以上あるのではないですか。・・・

 

たけし バラとかユリの「幻の植物」は何となく幻想的だけど、幻のネギまであるとは(笑)。ちなみに、先生はそうした調査に行くにも全て自腹なんですね。

 

荻巣 ええ。なんとかやりくりして捻出したお金で調査に行っています。援助を受けると、報告の義務があったりしますから面倒です。・・・また、僕は在野の研究者として、自ら自分に投資するのがプロだと考えていますから、どうあっても官費の世話にはなりたくないのです。

 

たけし 頼まれて植物を見つけても謝礼ももらわないんだ。

 

荻巣 自分がお世話になった人たちへの恩返しでやっていることなのです。新種を発見するという幸運に恵まれても、基本的に自分の手柄にするつもりはありません。大半のものは専門の分類学者に標本をさしあげて、その方に学名を命名してもらうようにします。学者にとっては新種発見自体よりも新種記載が業績になりますからね。ただそうなると、記載者が自分の名前を学名に付けることはありません。だから、そうした方々は学名に僕の名前を記念して付けてくださることがあります。僕の名前にちなむ学名が多いのは、そういう理由があるからです。学者としての業績よりも、百年、二百年後に「昔、変わった日本人がいてね、この植物は彼が見つけたものだよ」と語られるほうがはるかに嬉しい。・・・でも、その代わり、資金捻出には苦労していますけどね(笑)。・・・ただ、僕自身が若い人たちに対して、こんなやり方でも食っていけるということを示しておきたい。

 

たけし 現実にはなかなか難しいことじゃないですか。

 

荻巣 だから、家族は犠牲になっていると思います。

 

たけし えっ、失礼ですが、浮世離れした生活をしている先生にご家族がいらっしゃるんですか。

 

荻巣 東京に家族はいます。今、私の研究室は関西にあって、月に二回ぐらいは仕事で東京に来ます。しかし、その時、家へは泊まりませんね。家に帰ると、食事やお風呂の用意ができているでしょう。それが人をダメにしますね。

 

たけし 里心がつくとダメなんだ(笑)。

 

荻巣 そういうことが身につくと、まずフィールドワークはできなくなります。風土病など、いろいろな病気にかかる恐れもあるし、まさに命がけです。ある意味では意志が弱いのでしょう。仕事を続けるためにも家には帰らないようにしています。言葉を換えれば、フィールドワークが僕の生活であるということでしょうね。・・・それと僕が全て自費でやっているというのは、やはり身銭を切ることによって身につくものが多い気がするからです。今の若い人たちに教えてあげたいのは、「もっと自分のお金を使いなさい、自分に投資しなさい」ということ。・・・もうひとつ、僕が今の子どもたちに言いたいのは、たかだか勉強ができないだけで何も落ち込む必要はないということ。子どもばかりか、親まで落ち込んでいます。でも、むしろ逆に勉強ができないことによって、自分だけしかできない方向に導かれていくことがある。・・・そこは誰にも侵されていない世界だから、自分自身との闘いになるでしょう。他人からは評価されないかもしれませんが、自分さえ納得できればよいと思うのです。

 

たけし おいらは家庭に帰らないこと以外は、先生の真似は何ひとつできないね(笑)。こんなスケールの大きな学者さんが今の世の中にいると分かっただけでも気楽になりました。