この辺りのお話も印象に残りました。
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大原 会社員時代と、他人を幸せにできる余裕が出来たときの違いって、この世界に対するある種の信頼が強くなったんじゃないかと自分では思っているんです。隠居した後って、誰かに親切にしてそれが返ってこなくても、その親切がどこかで巡り巡っているんだろうなって。
稲垣 何かを放つような感じですよね。伝書鳩を放つ、みたいな。どこを旅してくるかわかんないけど行っておいで~、みたいな。
大原 そうそう。
稲垣 お金を使うときも同じ感覚かも。
大原 あ、そうですね。
稲垣 このお金が良い流れに乗ってほしい。マネーロンダリングって呼んでるんですけど、どんなお金でも自分の好きな人や場所に流していけばいいじゃんって。そしたらたとえ1ミリでも世の中が自分の思う方向に変わっていくはず。そう思えるだけでホクホクする、要するに幸せになれるんですよね。で、扁理さんの「世界への信頼」って急に生まれたんですか?これもけっこう大事なポイントで、世の中に不信感があると、それこそFIRE本読んで「自分でがっつり貯め込まないと」ってなりますよね。でも、世界を信頼していると、お金を貯めこまなくても怖くないじゃないですか。
大原 なんか、隠居して余裕が出来てから、そう思うようになったんです。きっと、自分の足で立ったんだと思う。
稲垣 ああ。
大原 自分の足で立ったときに、人生に対する責任を負ったというか、返ってこなくても大丈夫になりました。少ないお金でも自分の力で生きていけるんだとわかったときに、余っている時間とかお金を他人に配って、実際に時々は返ってくる経験をすると、自分の元にじゃなくても、どこかには返っていってるんだろうなって実感があって。それで、この世界はそういうふうにできているんだと信じるようになりました。だから、「このお金や時間は自分のモノである」っていう意識自体がどんどん薄れていたかな。
・・・
稲垣 ・・・自分で立っている感覚があって、自分に必要なお金の量がちゃんとわかったら、それ以外のお金って貯め込んでも意味のないお金だから、自分の周囲の人、自分を幸せにしてくれそうな人のために使うことができる……私、これを「チーム作り」って呼んでるんです。
私は「チーム稲垣」の監督で、私のお金はチーム稲垣の強化費って考えたらすごくわかりやすくて。「人のために使う」って言ってしまうと高尚な善行みたいだけど、要はチームを強化すれば、確実に自分も幸せになる。私はずっとそれがわかっていなかった。自分のお金は自分だけのために使いたいとしか思っていなかった。それで得られる幸せって本当にちっぽけで、あれこれ買ったはいいけど使いもしないものが家に溜まり続けるだけってことがわからなかった。だから「自分が満たされていて、余っている」という感覚を持っているか、「足りない」と思っているかの差は超大きいっていう実感がすごくある。何しろ本当に、ずっと足りないと思っていたんです。すごく稼いでいたのに、まだ全然足りないって。
大原 不思議ですよね。僕も以前は全然足りないと思っていた。
稲垣 どうすれば「足りない」が「余っている」に変わるのか?みんな「莫大なお金を貯めればそうなる」と思っているんですけど、そうじゃなくて、自分の足で立てている実感がないと、1億円稼いでもたぶん足りない。
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稲垣 「隠居」って扁理さんのキーワードのひとつじゃないですか。で、いわゆる日本の隠居って、人生で何かを成し遂げた人が第一線から退いて、余裕をもって世の中を眺める。隠居ってそういう水戸黄門的なイメージだと思うんですけど、扁理さんの「隠居」ってそれともまた違うものなんですか?
大原 そこが難しいところで、広辞苑によると、「職をやめるなど世間から身を引いて気ままに暮らすこと」と定義してある。僕はまったく働いてないわけではないので、ぴったり当てはまらないんだけど、既存の言葉でいちばん近い言葉を探したら「隠居」しかなかったんですよね。
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・・・自分にとって過不足ないぶんだけ働いて、あとはのんびりやっていく生き方の名前が見当たらない。・・・
・・・
稲垣 メインストリームから外れても楽しく生きていけますよっていう意味での「隠居」。
大原 はい。しかも経済的に自立している。
稲垣 まさにFIREですね。
でも、先ほど「今の生活は隠居とは違う」とおっしゃったじゃないですか?今の定義だと、現在も隠居なんじゃないかと思うんですけど。
大原 これは独自に設定したルールなんですけど、本の印税を使わずに隠居生活を賄えているかどうかがポイントで。要するに、誰にでも再現性のある暮らしをいつもしたいと思っているんです。
稲垣 あ~。それで印税を使いたくないんですね。
大原 そうそう。だって、印税が入ってくるのは特権じゃないですか。みんなが持っていないものを使うのではなく、誰でもできるやり方で「隠居」が成立することを大切にしているんです。
稲垣 そこは社会に対するメッセージというか、社会実験というか。
大原 社会実験ですね。印税を使って隠居しました、だと自分がつまんない。
稲垣 まさに自我を超えてますね。全身で社会貢献じゃないけど、ある種のフロントランナーというか、みんなに「こんな暮らし方があるぞ」ってことを身をもって証明したい意志がすごく強い。
大原 そう、やっぱり自分がメインストリームに乗れなかったので、そうじゃない生き方があることを証明したかった。