引き続き、印象に残ったところです。
P163
大原 ・・・たとえばスーパーでいちばん安いお米を買っていたのが、この無農薬で頑張っている農家の米を買えば応援になる、農家が続いてくれることでみんなの選択肢の存続にも貢献できる、と思うようになりました。
稲垣 私も最初、安いモノを買っていたんですけど……私の場合、象徴的なのは海苔なんです。
・・・
・・・ある日、近所に感じのいい古いお茶屋さんを見つけて、そこに行ってみたいなと思って、でも私、家であんまりお茶飲まないんでどうしようかと。で、よくよく観察したら、ウインドウに「海苔あります」って。で、よっしゃと思って張り切って入店したら、スーパーのお徳用と比べたら想定外の値段がついていて、日和ってその中のいちばん安いのを買って食べたら……いやいやいや香りが全然違うじゃんってびっくり。スーパーで売ってた海苔、海苔じゃなかった!
大原 (笑)。
稲垣 確かにお茶屋さんの海苔は高いんだけど、よく考えたら「海苔じゃない海苔」をたくさん食べるより、ちゃんとした海苔をありがたく適量食べる方がずっといいし、そうなると高い海苔を食べてもトータルの出費はそんなに変わらないんですよね。そこから海苔が切れると必ずそのお茶屋さんで買うようになって、おかげで海苔しか買わない客なんですけどすっかり仲良しです。結局、損得じゃなくて、モノだけじゃなく「つながり」のために買う方が、自分にとってはお金を使うときの納得度が高いし、もったいなくない。自分だけが得するために安いものを買っていたときって、安いけど払うのがもったいないんですよ。でも、高いけどもったいなくないというか、扁理さんも書いてましたけど、ここでお金を使うとお金が悪いことにならない。お金の嫁ぎ先を決めている感覚です。
・・・
・・・自分にとって望ましい世の中をどうやって作るか。それは商品だけじゃなくて、作っている人、売っている人含めて考えた上で。お金は、自分の望む世の中を栄えさせるためのひとつの道具。
P192
大原 ・・・今アラフォーですけど、20代の頃は自力で何でも出来たんです。だから他人をまったく必要としていなかった。だけどアラフォーになって、先日、台湾で体調崩して寝込みましたけど、そのとき思ったのが「自力って減っていく資産だな」って。
稲垣 そうなんですよ!
大原 若いっていうのは「自力」の富裕層ってことなんですね。で、若いうちはそれに気づけないんです。あって当たり前だから。・・・この歳になって思うのは、「自力で生きていける」ことと「自力でしか生きていけない」ことの間には大きな隔たりがあるんですよ。・・・
で、僕がFIREの民たちに感じる危うさもそこにあって、いちおうリスクの分散とかいって、依存先を細かく分けてはいるんですけど、それ全部お金の話なんですよ。そうじゃなくて、使えるお金が1円も無くなったとき、お金じゃない手段をどれだけ持っているかが問われるんです。
僕はそこで初めて、稲垣さんのように、「他人とつながることを覚えなければ」って思いました。自力にベットしすぎていた自分の幸せを、どんどん他人に分け与えていって、私も他人から少しずつ受け取って、ということを始めなければいけない段階に今、来ています。だから稲垣さんの生き方は、これからの私のロールモデルになるだろうなと思ってます。
稲垣 たしかに年齢はあるかもしれないですね。
P224
稲垣 自分が今すごく思うのは、本当に理想的なのは出て行くお金と入ってくるお金が、ほとんど一緒であることなんじゃないかって。ずっとそんなふうには考えていなくて、当然、入ってくるお金が多い方がいいとしか思っていなかったんですけど、本当は黒字は出来るだけ出さない方が良いのかもしれない。自分の時間とか労力を考えたら、それがいちばん良いバランスだと思うんです。
大原 つまり、自分が必要としていないお金のために働いているから黒字になっていると?
稲垣 そうそう。
・・・
今、60歳をひとつの目標にしていて。60歳までは、自分がたまたま得たものを世の中にお返しする期間として、求められるものがあるのならば頑張って働こうかなと。で、60歳から徐々にリセットしていくつもり。それがひとつの希望ですね。
・・・もう1回振り落とさないと、義理も不義理もいろんなものが溜まって来ているので。
・・・もう1回脱皮して、お金との付き合い方も見直したい。
大原 人生、いろんな段階がありますもんね。僕は今、完全にお休み期間。隠居、全然出来ていないな~。
稲垣 でも段階って往々にして、自分で決められないじゃないですか。
大原 決められない。
稲垣 自分で決められることと、決められないことがありますよね。
・・・
以前こういう話を聞いたんです。遠い親戚がいて、まったく付き合いがなかったんだけど亡くなったと聞かされて、自分しか身寄りがいないからと言われて遺品を引き取りに行ったら何も無かったって。トランクひとつぐらいの持ち物だけ残して身ひとつで亡くなったって。それっていちばんの理想だなと思っていて。
・・・
・・・歳取っていろんなリスクがやってくるのに持ち物ゼロって、かなりのことですよ。
大原 そうですね。
稲垣 いつ野垂れ死んでもいい、行き詰まったらいつ死んでもいい、って覚悟を日頃からビシッと決めていかないと。
大原 でも僕は、今の話を聞いて希望を感じました。現代の日本でインドのサドゥみたいな最期が可能なんだって。
稲垣 それってある意味、究極の目標ですよね。
だからさっきの話に戻ると、今はちょっと、いろんなことをやりすぎている、持ちすぎているんで、60歳になったら段階的に整理していきたい。
大原 そういう意味では、死ぬことに対して明るい諦めがありませんか?
稲垣 うん、明るい諦めというか、いつか死ぬって大きな希望ですよね。
大原 本当そう思います。昔は死ぬことがすべての終わりで、イコール絶望だと思っていたけど、今はそれが真逆に見えるって、めっちゃ不思議。
P232
大原 冷蔵庫、病院、会社。どれもずっと生きていられると勘違いさせる装置かもしれないですね。ずっと生きていられるから、やりたいことがどんどん後回しになる。
稲垣 「将来のために今を犠牲にして頑張る」って、美学として、みんなまるで良いことのように思いがちじゃないですか。
・・・
・・・お金って、冷蔵庫と似てるんです。価値を貯められるじゃないですか。貯めておけることの罪/勘違いがあるんですよね。貯めておくことによって、今を蔑ろにしがち。将来のことを考えるあまり、今を腐らせていく、今をおざなりにしてしまう効果もあるんですよね。
大原 結局、冷蔵庫も、病院も、FIREも、問題は「保存しておいて、で、どうすんの?」ってことですね。・・・
・・・
そこをはっきりさせることの方が先じゃない?って思うんです。そこを明らかにしておかないと、FIREを達成しても、入院して生き長らえても、苦しみや悩みは無くならない。で、じゃあどう生きたいか?と考えると、結局は「今日一日を、なるべく楽しく、悔いなく生きる」ってところに戻ってきちゃうんです。さんざん憧れた永遠とか、そういうのを全部回収したら、今ここが大切ってことじゃん!っていう。