カオスなSDGs グルっと回せばうんこ色

カオスなSDGs グルっと回せばうんこ色 (集英社新書)

 これが正しいとか、あれは間違ってるとかではなく、いろんな視点を持っておくことはやはり大切だな、と思いつつ読みました。

 

P95

 SDGsは、私の理解では「みんなが楽しく幸せに暮らせるようにしよう」という話です。この「みんな」は、基本的に人間のこと。目標の中には生態系の保護なども含まれているので、ほかの生き物のことも念頭には置かれているでしょうが、この「持続可能な利用」も推進するというのですから、海や陸の生き物には人間のための資源という面もある。SDGsの理念である「誰ひとり取り残さない」という言葉は、やはり「人間をひとりも取り残さない」という意味でしょう。

 ですから、人間の自己都合で地球資源の使い方を決めるのが悪いとは思いません。ただ、それを「地球にやさしい生活」といったキレイな言葉で包むことには違和感があります。二酸化炭素が循環してもしなくても地球にとっては痛くも痒くもないのと同様、人類がどう行動しようが、地球は喜びも悲しみもしません。

 地球そのものは、おそらく太陽の寿命が尽きる五〇億年後まで持続するでしょう。その前に小惑星と衝突するなどして崩壊すれば「地球に厳しい事態」と言えるかもしれませんが、広い宇宙では、日常茶飯事としていくらでもそんなことが起きているはず。地球がなくなっても、宇宙という自然界にとっては痛くも痒くもないわけです。

 いずれにしろ、「地球にやさしい生活」という言葉は欺瞞でしかありません。そういうキレイゴトで人間の自己都合を覆い隠すから、ローカルな個別の事情を脇に置いて、あたかも「グローバルな正義」があるように思い込んでしまう。「正義」に目覚めた若者が先鋭化して過激な行動に走るのも、キレイゴトをそのまま素直に受け入れてしまうせいかもしれません。逆に「どうせ人間の都合だ」と思っていれば、無理に自分を追い込んでサステナブル疲れなど感じることもないでしょう。

 前にもお話ししたとおり、地球環境問題が世界で注目されるようになったのは、「二酸化炭素地球温暖化を引き起こす」というハンセン証言がきっかけでした。じつは、それが国際的な重要課題になったのも、純粋な正義感のみに基づくわけではありません。

 というのも、ハンセン証言があったのは一九九八年のこと。米ソ対立による東西冷戦構造が終焉を迎え、ベルリンの壁が崩壊する前年です。

 それまでの世界にとって政治的な最重要課題は、言うまでもなく核戦争の防止でした。米ソ両大国のあいだで核戦争が始まれば、一瞬で人類が滅亡してしまう可能性もあるのですら、これ以上の危機はありません。

 ですから、国際社会を舞台に活動する政治家たちにとっては、いかに東西両陣営の緊張をやわらげるか、あるいは双方が所有する核弾頭の数をいかに減らすかといった問題が何よりも大事でした。・・・

 しかしハンセン証言が行われたとき、すでに東西冷戦は終わろうとしていました。ソ連ゴルバチョフ書記長と米国のレーガン大統領が首脳会談を重ねることで、東西の緊張緩和が一気に進んだのがこの頃です。・・・

 これによって、それまで核軍縮などに取り組んでいた多くの政治家が重要な活躍の場を失いました。そんな彼らが「次の国際的な課題は何だ」と新たな仕事を虎視眈々と模索していたところに浮上したのが、地球温暖化問題です。・・・国際社会がグローバル化に向かおうとしているときに、まさにグローバルな課題が出てきた。このバスに世界の政治家たちが一斉に乗り込んだことで、地球温暖化は国際社会の重要課題となったわけです。

 大学で地球科学に取り組んでいる私たち研究者は、当時、急に地球環境の話が政治問題になったことに戸惑いました。大気中の二酸化炭素濃度が高まっていることは、もちろん知っています。でも、それによって地球が温暖化するかというと、たしかにその可能性は高いように思われるけれど、それほどでもないかもしれません。確実なことは誰にもわからないのです。

 したがって、仮に人間による二酸化炭素の排出をすべて止めたとしても、それによって気温がどう変化するかはわかりません。地球の気候はきわめて複雑なシステムなので、何が気温の変動要因なのかを突き止めるのはとても難しい。「人間が二酸化炭素排出量を減らせば気温が下がる」という単純な話ではないのです。

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 地球はこの一〇〇万年くらいのあいだ、氷期間氷期を約一〇万年サイクルでくり返してきました。そのサイクルがどうやって決まるのかはいまだに謎ですが、その一〇万年のうち、間氷期は一万~二万年しかありません。現在の間氷期は、すでに一万年ほど続いています。そのため一九七〇年代までは、そろそろ氷期になってしまうのではないかと言われていました。温暖化ではなく、寒冷化が心配されていたのです。

 もちろん、一〇万年サイクルがいつまでもくり返されるという保証もありません。・・・過去には温暖な状態が長く安定していた時期もありました。直近では、一億年ほど前の恐竜がいた時代がそうです。

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 どちらにしても、現在の間氷期の気候が何万年も続くことは期待できません。現在の気候は決してサステナブルではないので、この状態が「地球の正しい姿」と思うことは危険です。

 しかし、どうなるかはまだ誰もわかりません。そういうタイムスケールの気象メカニズムを理解するには、海の深層対流のことを知る必要があります。

 ただし、一〇年や二〇年の観測ではその影響を知ることはできません。グリーンランドで冷たい海水が深層に沈み込み、それが地球を一周して戻ってくるまで、一〇〇〇年もかかります。つまり、その対流が一周するあいだに気象がどのように変化するかは、まだ一度も確かめられていないということです。・・・