広葉樹が葉を落とすのは・・・

樹木たちの知られざる生活: 森林管理官が聴いた森の声 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 こんな風に生きてるんだと、印象的だったところです。

 

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 ・・・広葉樹は、毎年春になるとせっせとたくさんの葉をつくり、冬がくると葉を落とす。たった数ヵ月のためにこれだけのことをするのは、果たして理にかなっているといえるだろうか?

 進化という観点から見ると、その答えは〝イエス〟だ。広葉樹がこの世に現われたのはおよそ一億年前と考えられているが、針葉樹はすでに一億七〇〇〇万年前に誕生していた。つまり、広葉樹のほうが〝新しい〟。広葉樹が行なう冬支度は、実際とても有意義だ。そのおかげで〝冬の嵐〟という巨大な力に耐えられるからだ。

 一〇月を過ぎたころから強風が増えてくる。・・・時速一〇〇キロに値する風が吹けば、大木ですら倒れることがある。・・・

 そこで広葉樹は対策を立てた。風の当たる面を減らすために、帆を、いや、〝葉〟をすべて落とすことにしたのだ。その結果、一本につき一二〇〇平方メートルもの面積に相当する葉がすべて地面に消えてなくなる。帆船にたとえると、四〇メートルの高さのマストに掲げた幅三〇メートル高さ四〇メートルのセールをたたむのと同じ計算だ。それだけではない。幹と枝は、一般的な乗用車などより風の抵抗を受けないような形になっている。しかも、しなることができるので、突風が吹いても風による圧力は樹木全体に分散する。こうした仕組みが結合して、広葉樹も無事に冬を越すことができる。

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 ・・・広葉樹が毎年欠かさず葉を落とすのは、風に対処するためだけではなく、別の理由もある。雪だ。すでに述べたように、一二〇〇平方メートルもの面積に値する葉が落ちてなくなるのだから、枝に積もるごく一部を除いて、降ってくる雪の大半は直接地面に落ちることになる。

 雪よりさらに重いのが氷だ。・・・数年前に体験したことがある。その日、気温は〇度を少し下まわり、霧雨が降っていた。・・・雨は枝に落ちるとすぐに氷に変わっていった・・・どの木もガラスでコーティングされたように見た目はとてもきれいだったが、シラカバの若木は重みに耐えかねてみんな腰を曲げていた。

 この子たちはもうだめだ、と私は悲しくなったのを覚えている。・・・

 ところが、私はその後、曲がってしまったシラカバの若木たちに驚かされた。数日後、氷が熔けたときに九五パーセントがまっすぐに立ち直ったのだ。それから数年たった今、彼らにはなんのダメージも残されていない。・・・

 落葉とはつまり、気候に対する優れた防衛手段なのだ。それに樹木にとってはトイレをすませる機会でもある。私たちが夜寝る前にトイレに行くように、樹木も余分な物質を葉に含ませて体から追い出そうとする。木にとって葉を落とすことは能動的な行為であり、冬眠に入る前にすませておかなければならない。翌年も使う物質を葉から幹に取り込んだら、樹木は葉と枝のつなぎ目に分離層をつくる。あとは風が葉を吹き落としてくれるのを待つだけだ。

 この作業が終わると、木はようやく休むことができる。活動期の疲れを癒やすためにも、休息は絶対に必要だ。・・・

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 広葉樹の話が続いたので、少し針葉樹に目を向けてみよう。針葉樹の仲間にも広葉樹のように葉を落とすものがいる。カラマツだ。どうしてカラマツだけがほかの針葉樹がしないことをするのか、私にはわからない。・・・

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 ちなみに、トウヒやマツ、モミやダグラスファーといった針葉樹も葉を落とす。傷んであまり役に立たなくなった古い葉を捨てるためだ。それでもモミは一〇年、トウヒは六年、マツは三年、葉を使い続ける。枝が区分されていて、その葉が何年めかもわかるようになっている。マツは毎年四分の一の葉を捨てるので、冬は少しみすぼらしい姿になるが、春にはまた新しい葉が生えて、元気な姿を見せてくれる。