眠れなかった大泉洋

笑ってる場合かヒゲ 水曜どうでしょう的思考(1)

 こんなに同じ何かを大事に思えるというか、こういう関係性は幸せだなーと思いました。

 

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水曜どうでしょう」のレギュラー放送の最終回は、バイクでベトナムを縦断するというものでした。ゴールのホーチミンが近づき、まもなく旅が終わるころ、大泉洋がこんんなことを言いました。「この番組は、これで一度終わるんだから、もう終わることはないよ」と。

 ぼくは当初、何を言っているのかよくわかりませんでした。彼が言った言葉の意味を知るのは、番組をやめてしばらくたってから。彼の口から「あの時は本当に眠れなくってさぁ」と聞かされたときです。大泉の言う「あのとき」とは、彼に番組終了を告げたときのことでした。

 その日、ぼくは他番組の収録でHTBに来ていた大泉を編集室に呼び出しました。二人きりになり「ちょっとさぁ」と、なにげなく話を切り出しました。

「どうでしょうをさ、まぁいったんやめようと思ってさ」

「あーそう」。大泉の反応は、予想外に淡々としたものでした。逆にこっちが少し焦って「いや、完全にやめるわけじゃないから、あくまでも『いったん』だから」と、何度も「いったん」を繰り返し、最後には「もうあれだ、もしかしたら来年には再開するかもしんないから!」と、ちゃんと別れを告げられないダメな男のように、終始言葉を濁し続けていました。

 でも大泉は冷静に「藤村さんもさ、どうでしょう以外にもやりたいことあるだろうしね、いいんじゃない」と、物わかりのいい女性のように落ち着いていました。でも実はその夜眠れなかったことを、彼は告白してくれたわけです。

 彼はこの番組のことが本当に好きだったし、絶対に終わってほしくなかった。だから精いっぱいおもしろいことを言って、番組が終わらないようがんばってきた。でも「いったん終わらせよう」というぼくらの空気を感じ始め、いつそのことをハッキリ言われるのかと不安でたまらなかった。心の準備はできていたものの、やはりその日は眠れなかった。

 そして、いよいよ最後の旅が終わろうとしたときに言ったのです。

「この番組は、これで一度終わるんだから、もう終わることはない」。

 この言葉には「これで自分はもう終わりを恐れてドキドキすることはない。あとはまた番組が始まる日を楽しみにしているだけでいい」という気持ちが込められていました。

 その意味を知って、ぼくは「これで本当に一生この番組を続けられるな」と思いました。難しいことなんてなにもない。これからは無理をせず、自分たちがやりたいと思ったときにまた集まって旅に出る。ただそれを繰り返していくだけで、ずっと「水曜どうでしょう」という番組は作り続けることができるだろうと。

 ベトナムの旅を終えてから、いつのまにか十三年もの歳月が流れました。この間、いくつかの旅に出て、「水曜どうでしょう」はまだのんびりと続いています。この番組は本当に、出演者とスタッフが一生続ける、日本で初めての番組になるだろうと思います。