日本人宇宙飛行士

日本人宇宙飛行士 (ちくま文庫 い-100-2)

 立花隆さんの「宇宙からの帰還」を読んで、ノンフィクションを読むという体験のすばらしさを感じたという著者が、2019年の時点で宇宙に行った日本人全12名に行ったインタビューをまとめた本、興味深く読みました。

 

P57

 慶應義塾大学病院の外科医だった向井が、日本初の宇宙飛行士募集に応募したのは一九八三年。二年後に毛利衛土井隆雄とともに宇宙飛行士に選出された。・・・

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 ・・・宇宙での一四日間のミッションを終え、地球に戻ったときに自分が何を感じるのか。そのことについて、当時の向井は全く想像を巡らしていなかったと続ける。・・・

「忘れられないのは、地球に戻ってすぐのプレスカンファレンスのときの出来事です。ケネディ(宇宙センター)である人から受け取った名刺が、ズシっとしてすごく重かった。「これってこんなに重いの」っていうくらいに。自分の体も重いし、紙だって重い。それに、周囲の風景そのものがどこか不思議なんです。まず机の上にものが置いてあるのが不思議で、一枚の紙が机にチューインガムか何かでくっついているように見える。・・・だから、私は地球に戻ってから一、二日はわざと物を落としては、その様子を見て面白がっていました」

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「宇宙だと投げたものが等速運動でまっすぐに飛んでいくわけですが、地球では二人の間で爪切りが綺麗な放物線を描いて落ちていく。当たり前のことなのに、工学系のエンジニアだった彼が言うんです。「放物線というのはこんなに美しい線だったのか」って。私も同じ思いでした。放物線は美しい。なぜいままで、この美しさに気づかなかったんだろう、と。

 宇宙での無重力状態に慣れてから地球の「重力文化圏」に戻ると、そんなふうに自然界の様々な光景にしばらく感動できるんです。風が吹く、物が落ちる、カーテンが揺れる……。それは赤ちゃんが見るもの全てに関心を抱き、感激を覚えるようなものなのでしょうね。大人になると忘れてしまうそんな自然への感激が、まるで蘇ったように私には感じられたんです」

 

P158

 大西は宇宙体験によって物事の見方や人生観が取り立てて変化したとは感じていないが、「それは仕事をしているという責任感が、宇宙での人生観を変えさせなかったからかもしれない」と自己分析する。・・・

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「僕がそのとき常に胸に抱いていたのは、「そこに地球がある」という圧倒的な感覚だったのだと思います。その感覚が、自分でも意外なくらいの大きな安心感につながっていたんです。だから、「怖くなかったですか」とよく聞かれるのですが、宇宙ステーションに着いてからは、恐怖心というものは全くありませんでした。手の届きそうなすぐそこに地球があって、何かあればソユーズに乗って帰ることができる。eメールはしょっちゅう届きますし、電話で家族と連絡も取れる。

 家族とは二週間に一度はテレビ電話で話せました。当時、我が家は六歳と二歳くらいで手のかかる時期だったので、子育てを手伝えないことに申し訳なさを感じたり……

。そういう話を考える余裕もあったんです。宇宙に行ったときの大きな気付きは、すぐにでも帰れるというそんな安心感が、自分の心の奥底にしっかりとあったことですね。その感覚がずっと心の拠り所だったことは否定できません」

 

P184

 一九六八年に打ち上げられたアポロ7号のミッションは、アポロ計画による初めての有人宇宙飛行であり、三人の宇宙飛行士を地球の低軌道に送ったものだった。

 それが初めての宇宙飛行となったドン・アイズリは空軍の出身で、『宇宙からの帰還』では飛行前の女性関係のスキャンダルめいた逸話や後の実業界入りの経緯が詳述されているが、私はそのなかで語られる彼の次のような談話が強く印象に残った。

〈眼下に地球を見ているとね、いま現に、このどこかで人間と人間が領土や、イデオロギーのために血を流し合っているというのが、ほんとうに信じられないくらいバカげていると思えてくる。いや、ほんとにバカげている。声をたてて笑い出したくなるほどそれはバカなことなんだ〉

 そう語るアイズリは、その認識の理由として次のように続けているのである。・・・

 

 これはそのとき感じたことじゃなくて、後から考えたことなんだが、地球にいる人間は、結局、地球の表面にへばりついているだけで、平面的にしかものが見えていない。平面的に見ているかぎり、平面的な相違点がやたらに目につく。地球上をあっちにいったり、こっちにいったりしてみれば、ちがう国はやはりちがうものだという印象を持つだろう。(中略)しかし、そのちがいと見えるすべてのものが、宇宙から見ると、全く目に入らない。マイナーなちがいなんだよ。

 

 宇宙からはそのマイナーなものが見えなくなり、一方で本質だけが見えると彼は続ける。〈地表的なちがいはみんなけしとんで同じものに見える。相違は現象で、本質は同一性である〉と。

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 その後、いまは時代の過渡期であり、あと三、四〇年も経てば「ネイション・ステイト」(国民国家)の時代から「プラネット・アース」(惑星地球)の時代になる、とこの三〇年前のインタビューでアイズリは語っている。