物理学者の詩的人生案内

続・宇宙のカケラ 物理学者の詩的人生案内

 この本も仏教的な・・・数学や物理からの解説が新鮮で興味深く読みました。

 

P25

 ・・・「0」とは、なにもない「無」ではなく、〝ない〟という状態を示す数・・・たとえば、「私はお金を持っていない」ということの英語表現は、「I have no money(私は〝ないお金〟を持っている)」になる・・・

 これは、インド哲学の主流ともいえるミーマーンサー哲学における「無」の考え方にも似ています。ここでは、「机の上に花がある」という命題の否定は、「机の上に花がない」ではなく、「机の上に〝無の花〟がある」というように考えます。ものごとを有、無で分別するより、「無そのものも実在」にしてしまうところがすごいですね。「苦」は、有、無の分別から生じると考えられますから、そのことを避けたかったのかもしれません。また、インドで発見されたとされる0、ゼロのサンスクリット語は、シューニャター(śūnyatā)で、その漢訳が「空」です。・・・つまり、「空」とはゼロの意味であって、分別を超えた〝とらわれない〟境地ということになります。「空」の実践とは、「とらわれない」ことの実践ですが、「とらわれない」と思うあまり、「とらわれない」ことにとらわれることにおいて困難だといわれています。しかし、現代宇宙論が見つけたように、すべては、一粒の光から生まれ、枝分かれしてきたのですから、あらゆる存在は互いに関係性をもっていて、独立存在としての実体はないことを実感することこそが、「空」の実践の出発点になるのではないかと思います。・・・

 

P60

 ・・・私たちが住んでいる3次元空間での物体の位置は、縦、横、高さという三つの長さできまりますが、その物体が変化する様子を測るには、長さとは異なる新しい四つ目の次元、つまり時間が必要です。しかし、時間は、東にも西にも進める空間とは違って、過去から未来へと一方向にしか進まないことから、空間とはまったく別次元のものだと考えられてきました。ところが、20世紀になって、秒速30㎞という猛烈な速度で太陽のまわりを公転している地球の上で、地球の進行方向に光を発射してみても、逆方向に発射してみても、地面に対する光の速度は変わらない、つまり光源の動きとは無関係に、光速は一定であるという驚くべき事実が発見されたのです。となると、時間の経過を、つねに一定速度をもつ光が進む距離で測ることが可能になります。毎秒30万㎞の速度で〝光が1秒間に走る30万㎞〟という長さの次元で1秒間という時間を測る、ということで、アインシュタインによって構築された相対性理論の考え方です。縦、横、高さをもつ空間距離と長さで測る時間をひとまとめにした4次元時空です。この時空では、3次元空間の中で静止しているように見えても、実は、時間は経過しているのですから、その空間全体は、時間の経過とともに、時間座標の方向に光速度で動いていることになります。つまり、物体は静止しているかに見えても、ただそこにあるだけでものすごいエネルギーを秘めていることになります。静止エネルギーです。また毎秒400万トンわが身をけずってエネルギーに変えている太陽の熱源、つまり核融合反応とは質量(重さ)がエネルギー(E=mc2)に姿を変えているということなのです。

 さらに、相対性理論によれば、動いている世界の時間は、静止している世界に比べておそくなり、光速になると、時間の流れが止まることが予見されていて、実験でも検証されています。

 ということは、時間は実在せず、私たちの単なる幻想であって、確かに実在すると信じたい現在という一瞬を、ゼンマイ時計のゼンマイを巻くように、次から次へとつむぎ出すいとなみが人生なのかもしれません。

 

P85

 ・・・いいこと、悪いことを問わず、自分のちょっとした行動が、周囲に影響を及ぼし、今度は、その影響を自分も受けるという事態は容易に起こります。時には、ある時期を経て、突然、やってくることもあります。このようなことが偶然ではなく、因果関係として起こる事例を教えてくれる方程式があります。「ロジスティック方程式」といいます。ひとつの方程式にある数値を入れて計算し、その数値を再びその方程式に入れて計算し、その結果として得られた数値をさらにその方程式に入れて、というように計算して、順次、得られる数値の動きを見ると、不思議なことが見えてきます。あるとき、突如として、数値が、何の前触れもなく、大きく変化しはじめたりするのです。

 たとえば、F(ⅹ)=4ⅹ(1ーⅹ)という方程式で考えてみましょう。まずⅹ=0.75を入れてみましょう。F(0.75)=4×0.75×(1ー0.75)=0.75ですから、新しく得られた0.75を元の方程式に入れてみても、つぎに得られる値は同じです。0.75がいつまでも続きます。それでは、ⅹ=0.7として方程式に入れてみましょう。F(0.7)=4×0.7×(1-0.7)=0.84’ つぎに今、得られた0.84を方程式に入れて計算するとF(0.84)=4×0.84×(1-0.84)=0.5376になります。つまり、ⅹの値が0.75から0.7に変っただけで、次にでてくる数値は、まったく予想がつかないものになってしまいます。それでは、いつまでも一定の値がでていたⅹ=0.75001にしてみたらどうでしょうか。F(0.75001)=4×0.75001×(1-0.75001)=3.00004×0.24999=0.7499799996で、最初の0.75に近く、ほとんど変わりません。ところが、この操作を続けていくと12回目までは、0.75の近くにいますが、そこを過ぎると、突如0.66、0.89、0.38、0.94のように飛び回り、その後も収拾がつかないくらいに変動します。初期値が、0.75から0.00001だけ変わっただけで、こんなことになってしまいます。これは、その時になってみないとわからない予想を超えた結果です。

 実は、私たちの人生にも、これと同じように、あたかも因果関係がないように思われる事柄が突如、起こることがあります。それがいいことであればそのまま進めばいいのですが、悪いことであった場合は、落ち着いてその場で止まり、一つ前のステップに戻ることで、平穏を取り戻すことができます。

 原則で言えば、強行突破は禁物です。数学の方程式が教えてくれる人生の歩き方指南のひとつです。