非因果性の統べる世界

シンクロニシティ 科学と非科学の間に――画期的な科学の歴史書。

 もともとユングとパウリが共著で本を出していると知ったことから、この本につながったのですが、・・・知らないことがいっぱいあるなぁ・・・という、水平線の彼方を眺めるような気持ちと共に読み終えました(;^_^A

 

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 理知的な賢人にとって、天文学占星術の違いが明らかになったのは、17世紀頃である。

 イギリスの物理学者アイザック・ニュートンが、自然の振る舞いを驚くほど正確に記述したことで、両者の境界線が鮮明になったのだ。・・・ニュートン力学によって、太陽と水星、金星、地球が、ほぼ一直線に並ぶ太陽面通過などの天文現象を、極めて正確に予想できるようになったのである。

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 もし、すべての科学的現象が因果律の上に成り立つのであれば、原因があって結果が生まれる、という関係を満たさない現象は、漏れなく否定される。しかし、量子もつれなどの量子現象は、因果律の作用とは目に見えて異なる特徴を示す。再現性と予測の正確性という観点から、科学的現象として定義される一方で、明らかに非因果性を伴うのだ。幼少期に培った私たちの直観を裏切るのである。したがって、量子世界を(できる限り)繙くためには、成長と共に身に付けた常識とは異なる切り口で考えなければならない。

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 アインシュタインにとって皮肉なことに、特殊相対性理論の中で、光速を相互作用の伝わる絶対的な上限速度としたにもかかわらず、続いて発表した一般相対性理論によって、その前提に大きな抜け穴がもたらされる結果となった。主因は、歪曲する時空という概念である。さらに、ほどなくして量子力学が構築され、絶対視されていた鉄則に新たなひびが生じた。非因果的相関(もしくは逆相関)に、因果律を超越する可能性が見出されたのである。理論的には可能とされる時空間のワープに加え、量子もつれや量子コヒーレンスなどの非局所的な量子現象も勘案すれば、未来の宇宙文明では超光速移動が実現していてもおかしくない。

 また、タキオン粒子や高次元時空を想定して、推論をさらに掘り下げれば、光速を凌駕する相互作用に新たな根拠が導かれる。常識を覆す概念かもしれないが、研究する欧州原子核研究機構(CERN)などの実験物理学者たちは、いたって真剣である。加えて、数学的に見ても非常に魅力があるとの見解は、多くの理論物理学者の一致するところだ。・・・

 高次元時空の主要な研究は、「ブレーンワールド仮説」に基づいている。・・・くだんの統一化への流れでは、物質の最小単位を点粒子ではなく振動する弦とし、開いた弦や閉じた弦、表面積を単位とするエネルギーといった概念のもと、高次元多様体(時空を一般化した対象)における存在と相互作用を想定する。一般空間の三次元と時間の一次元からなる四次元より高次の余剰次元は、ボールや結び目のように小さく丸まっているため、人間には観測できない。これに対して、余剰次元のうちの1つの次元については、当該次元方向に移動できる、と謳ったのが「ブレーンワールド仮説」である。その考えを場の理論に応用すると、重力が他の3つの力に比べて非常に弱い点など、長年説明できなかった問題が解決されるのだ。

 ランドールとサンドラムの唱えた「ブレーンワールド仮説」では、私たちの認識する世界は三次元空間の膜に限られるが、グラビトン(電磁気力を媒介する光子のように、重力を媒介するボソン)は「バルク」と呼ばれる余剰次元の時空にも伝播するため、重力は弱いと考える。

 ちなみに、グラビトン以外の粒子はバルクの領域に入ることができない。あくまで「ブレーン」(私たちの日常である三次元空間に時間を加えた四次元の膜)の中に限って存在する。グラビトンだけ余剰次元に漏出するため、他の力に比べて重力は弱いというわけだ。台所のシンクに複数の蛇口が付いているが、その中に亀裂の入った水管につながる蛇口が1つだけあるようなものだろう。その蛇口から出る水だけ、水圧がとても弱いのである。同様に、一部がバルクに伝播するため、強い力や弱い力、電磁気力などのブレーンに閉じ込められている力と比べ、重力は弱いという解釈である。

 重力波が初めて検出されたのは、2015年のことだった。・・・重力波とは、時空(重力場)の曲率(ゆがみ)の時間変動が波動として光速で伝播する現象である。

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 ・・・想像を広げると、時空を舞台とすること自体に疑念が生まれる。たしかに、抽象的なヒルベルト空間が本質で、幾何学的にすべてを司るという考えもある。もしその想定が真実ならば、光速という上限速度は、量子現象の副次的な特徴に過ぎない。人間の認知できる伝播のうち、最適化されたものが光速ということになる。つまり、一般空間上の粒子同士の相互作用に対応するヒルベルト空間上の挙動のうち、光速を現すものに何かしら利点があるというわけだ。日常的な時空においては、その利点が何たるかは明らかだろう―光速移動は、時間の進み方という観点で最適である。光速に近づけば、時間の経過もゼロに近づくからだ。当然、ヒルベルト空間においてもそのような利点を探さなければならない。一般空間における速度が速ければ速いほど最適化するヒルベルト空間の領域が存在するはずである。その場合、くだんのヒルベルト空間の領域を活用すえば、超光速での通信や移動が可能になるとも考えられる。

 もっとも、すべては理論に限った話に聞こえるだろう。しかし、パウリの生誕地であるウィーンに目を転じれば、ツァイリンガーやブルクネルなどのIQOIQ(ウィーン量子光学及び量子情報研究所)の研究者たちによって、量子系の因果性や情報伝達に関して注目すべき研究がもたらされている。

 かつてパウリは、(決定論的方程式とは別に)非因果性と観測者の本質的な役割に着目して、量子力学が、決定論に厳格に基づく古典力学とは異なることを示すべく心血を注いだ。ウィーンの研究成果は、そのパウリの遺産に対する敬意と言えるかもしれない。

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 ・・・在りし日のパウリは、物理学者たちから並々ならぬ尊敬を集めた―問題の種を問わず、多くの学者が彼を頼みにしたのである。アインシュタインでさえも、パウリに意見を求めた。アインシュタインが〝誉れ高き王〟ならば、パウリは〝権威ある最高裁判所の首席判事〟だろう。講習会で彼が頷けば、発表者は胸をなでおろしたものだった。首を横に振れば、十中八九、彼の指摘が正しかった(量子スピンを当初否定したのは数少ない例外である)。・・・

 この一連の物理学の潮流において、ユングの果たした役割は決して小さくないだろう。・・・ユング夢分析を通じて、自然の摂理に対するパウリの優れた洞察力に触れた。パウリと繰り返し相対したことで、自らの物理学的知識をより豊かにすると同時に、パウリの発想にも示唆を与えたのである。

 したがってユングが提唱し、パウリが掘り下げた「シンクロニシティ」という概念は、心理学だけを背景に語ることはできない。・・・革新的な進展を見せる量子力学と擦り合わせれば、新たな宇宙観につながるとも考えられる。実現すれば、厳格な因果律と純然たる確率が支配する世界の向こう側が覗くかもしれない。非因果性の統べる世界が、である。

 はたしてパウリとユングの2人は、シンクロニシティ因果律と同列に位置付け、いみじくもこう指摘した。対称性に根ざした非因果性と、決定論的な原理の両者を許容し、いずれの現象も説明できるように統一的理論を構築すべきだ、と。