蒼い炎Ⅳ

蒼い炎Ⅳ -無限編-

 羽生結弦さんの軌跡を綴った本の4巻目。興味深く読みました。

 こちらは北京オリンピックの演技を振り返ってのコメントです。

 

P166

「正直な話、今まで4回転アクセルを跳びたいとずっと言って目指していた理由は、僕の心の中に9歳の時の自分がいて、そいつが『跳べ!』とずっと言っていたからで。それでずっと、『お前下手くそだな』って言われながら練習をしていました。でも、今回の4回転アクセルはそいつに褒めてもらえた気がしたんです。何か、あの時の自分と一緒に跳べたというか……。

 ほとんどの人は気づかないと思いますけど、実はあのアクセルは9歳の時と同じフォームなんです。ちょっと身体が大きくなっただけで。だから一緒に跳んだんですよね。それがすごく自分らしいなと思ったし、何より4回転アクセルをずっと探していく中で最終的に、技術的にたどりついたのが、あのころのアクセルだったんです。

 ずっと4回転アクセルという壁を上りたいと思っていて、いろんな方向から手を差し伸べてもらって、いろんなきっかけを作ってもらって上がって来られたと思っているんですけど、最後に壁の上で手を伸ばしてくれていたのは、9歳の俺自身だったなと思って……。最後の最後にそいつの手を取って、一緒に上がったという感触があるので。

 そういった意味では『羽生結弦としてのアクセルはやっぱりこれだったんだ』っていう感じになっていて、納得できているんです。だからモチベーションとしてこれからどうなるかというのは、ちょっとわからないですね。まだあのジャンプを跳んでから4日しか経っていないのでわからないですけど、正直な今の気持ちとしては、あれがアンダーローテーションだったとしても、転倒だったとしても、いつか見返した時に、『羽生結弦のアクセルって軸が細いし、ジャンプが高くて……やっぱりきれいだね』と思える、誇れるアクセルだったと思っています」

 2大会連続の五輪王者としての実績を守るのではなく、改めて挑戦者として挑んだ五輪。その勇気を持った挑戦を、終わった今、どうとらえているのか。「挑戦する」ということの意味を問われると、「僕だけが特別だとは思っていないですね」と言って微笑んだ。

「別に五輪王者だからということではなくて、人はみんな生活の中でも何かしらの挑戦をしているんだと思います。それが大きいことだったり、目に見えないことだったり、報道されることだったり、されないことだったり……。それだけの違いだと僕は思っています。それが『生きる』ということだと僕は思いますし。『守る』ことだって挑戦だと思うんですよね。守るということも本当に難しいことだと思うし、大変なことだと思います。例えば家族を守ることだって大変なことだと思うし、そこには何かしらの犠牲や時間が必要だと思います。だから人間にとって、何一つ挑戦ではないということは存在しないのではないかと思います。

 それが僕にとっては4回転アクセルだったり、この五輪というものにつながっていたり。ただそれだけだったかなと。だから僕も挑戦することを大事にしてここまで来ましたが、それを見てくださった皆さんも、何かちょっとでもいいから『自分も挑戦していたんだな』と思ってもらって……。『羽生結弦はこんなに褒めてもらえるけど、自分のやっていたことも実は褒められることなのかもしれないな』って、自分のことを認められるきっかけになってもらえたら嬉しいなと思っています」

 

P196

 ・・・アイスショーならではのこだわりを羽生はこう語る。

「僕のこだわりはやっぱり、言葉だったり世界観も大事にしているんですけど、音楽との調和。あとは自分がどういう風にその音楽に対して物語を持っているか、どういうテーマなのかを常に明確にしていくということを大切に思っています。それが自分の中で『こうやりたい、ああやりたい』みたいな感じで完結してしまうのではなくて、ちゃんと見てくれている皆さんの中に何かが―100パーセント自分が思ったものがポンと伝わるわけではなかったとしても、何かしらが伝わるような演技をしたいなといつも思います」

 ・・・

 ・・・アイスショーならではの練習方法について、羽生はこう語る。

「普通の競技会へ向けた練習になると、先ほども言ったようにジャッジに見せることがメインになるので、同じパターンで、同じ方向を正面にしてしかやらないですね。でも今回、ファンタジーに向けては、反対側を向く裏側でやってみて、それがどういう風に見えているかというのも考えながらやっていたので。

 本当にこれで表現できているのかどうか、正面から見た時に表現できているのは当たり前ですけど、裏側から見た時にカッコいいのか。ちゃんとシルエットがきれいになっているのか、というのをすごく考えてやりました。一つ一つのディティールを細かく、細かく砕いていって練習するのがアイスショーには必要かなと思うので、それだけ時間はかかりますよね。加えてジャンプもしっかり跳ばないと意味がない。その意味では競技会の時に学んだ、ジャンプをどれだけ正確に跳んでいけるかという練習もしつつ、それにプラスアルファとして反対側を向いてやってみたり、細かいディティールをやっていたという感じです」

 

P215 

 優劣を競う競技会ではなく、プロアスリートとして強さとは何なのか。そして、強くなりたいと思い続ける原動力は何なのか。

「それはアスリートだからなのかなと強く思います。これまでも現状に満足したことは基本的にないですし、とにかく『うまくなりたいな』と思っていました。それが例えばジャンプであったとしても、フィギュアスケートに求められている音楽的な表現力であったとしても、常にうまくなることが楽しみというか。それがあったからずっと、今スケートをやっていられるなと思っています。

 何か自分の中では、『スケート=生きている』みたいなイメージがあって。生きる中ではどうしてもうまくいったり、うまくいかなかったりというのは必ずあるし。それに対して何か言われたりとか、喜んでもらえたりとかいろいろある。逆にすごく停滞している時もあったり、そういうものがスケートの中にはすごく感じられて……。でも、それこそが自分にとってのフィギュアスケートかな、とも思います。

 だから優勝して記録を打ち立てたからとか、世界最高得点を出せたとか、難しいジャンプを跳べたからとか、そういう意味ではなくて、普通に生きている中でもっと難しいことをやりたいとか。単純に小さいころだったら、もっと褒めてもらいたいとか……そういう気持ちだけで頑張ってこられた気がします」