緊張のコントロール

 

奇跡なんて、起きない。 フィギュアスケートマガジン取材記2015-2019

 自分の心の中をここまでしっかり分析できるってすごいことだと思うと同時に、「絶対にプレッシャーとして降りかかってくることを考えているなということを、ちゃんと認めてあげられた」というのは、重要なポイントだと思いました。

 心の中にあることはすべて、「ちゃんと認めてあげる」と、心がいい状態に保てます。

 

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 2015年11月27日、NHK杯SPでの「長野の衝撃」は、翌28日になっても収まらず、むしろ倍加した。この日、フリーの演技に臨んだ羽生は、・・・得点216.07、SPとの合計322.40は、すべて世界最高。・・・

 そんなリンク内の出来事と相まって個人的に忘れがたいのは、スタンドのファンが泣いていたことだ。記者席の横のブロックにいたファンは、両手に応援ボードを握りしめ、「ありがとう!ありがとう!」と言いながら、はらはらと涙を流していた。見回してみると、その人だけでなく、周りもみな立ち上がって何かを叫んでいる。羽生結弦の演技は、人を泣かせ、叫ばせる力を持っている。そんなことを思いながら、僕はミックスゾーンを目指して席を立った。

 ・・・

ーまず、今の心境は。

羽生 本当にうれしいです。・・・(点数には)正直びっくりしましたし、僕自身、なんか試合に入る前に「300点取りたい」とか「フリーで200超えたい」だとか、そういう気持ちも少なからずありました。ただ、そこにちゃんと気づくことができ、また、それによって自分がプレッシャーを感じているということに気づくことができたのも、本当に今までのたくさんの経験があったからこそだと思うので、・・・

 ・・・

―「最初は緊張していた」と言っていましたが、その緊張は「記録を出してやるぞ」とか「ノーミスでやるぞ」という気持ちから来ていたのでしょうか。

羽生 ・・・ソチ・オリンピックのフリーの時にも同じことを言ったと思うんですけど、気づいたら金メダルを狙っていた。(自分の演技が)終わった瞬間に「あ、金メダルなくなったな」と思ったと同時に「ああ、自分は金メダルを意識して緊張していたんだな」と思ったんですけれども、それが今回のNHK杯ですごく生きて、自分がもう、この会場に来る前から「(フリーで)200点超えしたいと思っている」というのと「(総合で)300点超えたい」というのと「ノーミスしたい」っていうふうに思っているのが(自分でわかった)。やりたいこと、絶対にプレッシャーとして降りかかってくることを考えているなということを、ちゃんと認めてあげれたんですね。で、「あ、緊張してるんだ」と。緊張しているから、じゃあこうしようというのがある程度、今回はわかってできたものだったので、・・・少しでもコントロールできた精神状態の中でフリーはできたのかなと思います。

 ・・・

―一つひとつ技を決めていく中で一番最後、どのような感情を持って滑っていたのですか。

羽生 とにかく一つひとつ丁寧にこなしたいなと思っていました。・・・一つひとつに自分の気持ちを込めて、自分の今までの練習を信じて、自分の体を信じて演技していきましたし、また、一つひとつのジャンプが決まるごとに歓声をくださる皆さんの声や熱い視線、そして実際に聞こえるわけではない心の声というか、日本中、世界中から力をもらっているような感覚がありました。

 ・・・

 ・・・初めて羽生の「大会取材」を通しで経験してみて、感じたことがあった。演技後の囲み会見、そして公式会見と、羽生結弦が発した言葉は、なんと純度が高く、嘘がないのだろう。もちろん、百パーセント、すべてを語っているわけではないかもしれないが、口にした言葉のすべてに彼の責任感が宿っていた。