ストレスへの対処法

宇宙飛行士 野口聡一の全仕事術 「究極のテレワーク」と困難を突破するコミュニケーション力

 リセット方法を用意しておく、瞑想で知覚をリフレッシュ、など、ちょっとしたことでいい状態を保てますね。

 

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 予測できない事態に遭遇すると、「どうしよう、どうしよう」とパニック状態に陥ることがある。そうなる度合いは、人によってまちまちだと思う。

 宇宙飛行士の場合、閉塞空間でパニックになってしまうとさすがに困る。ある程度、楽天的な素養が求められるのは致し方ないと思う。わたしも宇宙飛行士の候補生を選ぶ立場になっているから、その視点から言えば、その人のポテンシャルの高さよりも、追い込まれたときでも何とかやりこなせる人を選ぶかもしれない。

 例えば、100点満点のテストを受けたとしよう。90点取った人は70点の人よりもたしかに能力はあるだろう。しかし、90点を取った人が「なぜあと10点取れなかったんだ」と引きずるような性格なら、ハイストレスな環境では崩れやすいかもしれない。

 ひとつ言えるのは「完璧主義は危険だ」ということ。わたしが宇宙飛行士に任命されたばかりのころ、先輩のアメリカ人宇宙飛行士に言われたことがある。

❝Better is the enemy of good❞

「よりよいことは善の敵」と訳されることがある。要するに、完璧主義の人には落とし穴があるという意味合いになる。

 ・・・

 ・・・90点を取った候補生が「あと10点足りない」「もっとベターになろう」とする。そうやって自分を追い込み、自分自身にストレスをかけてしまう。

 その一方で「70点が合格点だから、これでいいじゃないか」「とりあえずオッケー」と言える人は強い。引きずらないことが何より大事。引きずるくらいだったら「明日70点以上取ればいいや」とリセットできる方がよほどいい。

 生まれたときから楽天家ならいい。でも、後天的にくよくよしない性質を身に付けることも、できなくはないように思う。

 わたしの場合、かなりのこだわり派で、完璧主義に近いマインドがあったと思う。それでも、宇宙飛行士に任命されたばかりのころに❝Better is the enemy of good❞と先輩に諭されたから、極めて優秀な同僚たちに囲まれるようになると、「簡単にここでてっぺんを取りにいく訳にもいかないかな」と割と早く受け止めることができた。

 ここでひとつ、私たちの実社会の中で完璧主義に陥らない方法をお伝えしたい。

 ・・・「ルーティンをつくっておいた方がいいよ」とアドバイスしたい。ルーティンを持っておくことで、強制的にリセットするきっかけになるからだ。

 どういうことかといえば、例えば、いま手がけている仕事が完璧に仕上がらず、70点の評価だったとしよう。「30点も落としちゃった」とふさいでしまっては、引きずるばかり。そこで、いったん終業の午後5時の鐘を聞いたら「はい、終わり」にする。

 それからいきなりお酒を飲みにいってもいいし、サッサと職場を離れてジムで運動したっていい。ナイターの野球観戦でも、歌って帰ってもいい。趣味のピアノで気分転換してもいい。要するに、強制的にリセットするパターンをつくっておくことなのだ。

 今日は70点でも、それはそれ。明日また新たに取り組めばいい。❝Tomorrow is another day❞という曲がある。必ずいい明日はやってくるものさ。そうなれるよう、今日という日を持ち越さない手だてを用意しておくと楽なのだ。

 

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 アメリカで注目されている考え方に「マインドフルネス」(mindfullness)がある。これは、瞑想行為などを通じて脳をストレスから解放し、集中力をアップさせてさまざまな人間活動のパフォーマンスを向上させるというもの。・・・

 ・・・マインドフルネスとは日本語の感覚でいう「雑念を払う」「心を空っぽにする」と受け止められがちになる。

 ところが、英語のマインドフルネスを「雑念を払う」という意味に捉えると、ストンと心に落ちてこない。なぜなら、マインドがフル状態になっているなら、頭の中は雑念でいっぱいになっているように聞こえるからだ。

 おそらく、マインドフルネスとは、心が満たされて、良好な状態になっていることを指すのだろう。もう少し踏み込んで考えてみたい。

 わたしがお寺で座禅を組んだときのこと。目を閉じて、雑念を追い払おうとするのだが、「今日この後、何時の電車だっけ」とか「週明けに面倒な会議があるなぁ」と余計な考えが浮かび、なかなか雑念は離れてくれない。「集中、集中」と言っているうちは何も始まらない。そんなかけ声自体が雑念なのだ。

 そうこうしているうちに、モヤモヤと心を覆っていた雑念の黒雲をスーッと一陣の風が駆け抜けたかのように、ふと、雑念から抜けられる瞬間がある。

 そのときだった。それまで聞こえなかったお寺の外の風の音が聞こえてくる。あるいは、本堂の端っこから漂ってくるかすかな線香の香りも明確に嗅ぎ取ることができるようになっている。

 あらゆる知覚が覚醒され、周囲のささやかな刺激もどんどん吸収できる状態。五感がフルに働いて、周りの状況をあるがままに把握できる。もしかすると、これがマインドフルネスという状態なのではないだろうか。

 宇宙飛行士は「シチュエーショナル・アウェアネス」(situational awareness)という言葉を好んで使う。「周りの状況をしっかり理解し、把握しておくこと」という意味だ。頭をすっきりさせて、周りの状況をあるがままに受け入れられる状態にしておく。そこから柔軟な発想が生まれ、新しいアイデアが生み出される。まさに、マインドフルネスに通じる考え方が宇宙の世界にもある。