友だちだから

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー(新潮文庫)

 こんなふうに、友だちだからだよって言えるって・・・とても印象に残りました。

 

P108

 ミセス・パープルに賛同する女性教員たちと母親たちが始めた制服のリサイクル活動は、50円や100円で制服を売ることが目的で行われているわけではない。だから、「制服が必要な生徒を知っていたら、販売会まで待たずとも、自由にあげていいよ」と言われた。

 真っ先に思いついたのは、息子の友人のティムのことだった。学校帰りにうちの息子と一緒に歩いている姿を見かけたとき、制服のトレーナーがずいぶん年季が入った感じに変色し、ズボンの裾が擦れてギザギザになっていたことを思い出したからだ。

 週末にミシンで作業していると息子が言った。

「ねえ、母ちゃんが縫ってる制服、僕が買うことは許されてるの?」

「え?でもあんた制服は全部2枚ずつ持ってるじゃん。どっかほつれてるならいま一緒に縫っちゃうから持ってきて」

「いや、僕じゃないんだ。友だちにあげたいんだけど……」

「……ティム?」

 同じことを考えていたのかなと思って尋ねると息子は頷いた。

「トレーナーの肘のところが薄くなってきてて、なんかちょっと、腕が透けて見えちゃうようになったから、お兄ちゃんのお古のトレーナーを着て来るようになったんだけど、トレーナーの袖や丈が長すぎて、笑ってるやつらとかいてムカつくんだ」

 ・・・

「持ってっていいよ。袋の中から小さいサイズを探して持ってきて。先に縫っちゃうから。2枚ぐらい持ってってあげたらいい。あと、ズボンも」

 と言うと、居間に並べてある黒いゴミ袋を開いてごそごそと中古の制服を物色し始めた。が、急に手を止め、こちらを振り返って言った。

「でも、どうやって渡せばいいんだろう」

「え?」

「学校に持って行って渡すのは、ちょっと難しいと思う」

「ああ、そうだね」

 息子は人目のあるところでは渡しにくいと言っているのであり、それはなぜかというと、ティムが受け取りにくいからだということがわかる年頃になったのだ。

「リュックの中に入れておいて、帰り道で2人になったときに渡せば?」

 とわたしが提案すると、息子は言った。

「それもなんとなくわざとらしいっていうか、第一、何て切り出せばいいの?」

「……」

 確かにそうである。高校時代に、貧乏と言ったら死ぬ、とわたしが思っていたように、ティムだって友だちから制服をもらって嬉しいとは限らない。傷つけてしまう可能性もある。

 ・・・

「学校帰りに、うちに連れておいで」

 そうは言ったものの、彼の前でこれ見よがしにガタガタとミシンをかけながら、「あれー、このサイズ、ちょうどティムぐらいじゃん、持って帰る?」とか言うのもなんかベタ過ぎるよなあとか、「これだけあるんだからこっそり好きなの持って帰っていいよ」とか言って自分で袋の中を物色させたとしてもティムの制服だけすでにちゃんと縫ってあるのも変だよなあとか、考えている間に月曜日がやってきて、学校帰りに息子がティムを連れてきた。

 とりあえず、なんとなくミシン作業をはじめておこう、と決めて居間に制服のゴミ袋を並べてミシンをかけながら2人の到着を待っていたのだが、息子と一緒に部屋に入ってきたティムは、制服の山に目を留めた。

「何、これ」

「母ちゃんが、制服のリサイクルを手伝い始めたんだ。ほら、ミセス・パープルがやってるやつ。不要な制服があったら持って来いって、こないだもプリント配ってたじゃん」

「ふうん」

 2人はソファに腰かけてゲームを始めた。熱中している様子なので、とりあえずジュースとお菓子を出し、そのままわたしもミシン作業を行っていたのだが、突然ティムの兄から彼の携帯に電話がかかってきた。すぐ帰ってくるように言われたという。ティムの母親の妹が、小学生の子どもを預けに来たらしいが、ティムの母親は仕事のシフトが入ったから、従弟の面倒を見るのを手伝えと言われたらしい。

「うちの叔母ちゃんの子ども、双子なんだけど、わがままで大変なんだ。兄ちゃんはキレやすいタイプだから、僕が帰ったほうがいいと思う」

 そう言ってティムがソファから腰を上げた。

 こんなにすぐ帰るとは想定してなかったので、えっ、まだ制服を渡してないじゃん、と焦っていると、息子も同じことを考えているようで、わたしの方を振り向いた。ティムのためにとっておいた制服は紙袋に入れてミシンの脇に置いてある、「あれー、これティムのサイズじゃん」とかいうわざとらしい芝居をする準備もまだ全くしていなかったのである。

「母ちゃん、それ」

 と息子が言うので、わたしは急いで紙袋を彼に渡した。玄関のほうに歩いていくティムの後ろを袋を下げた息子が追いかけていく。

「ティム、これ持って帰る?」

 息子はそう言ってティムに紙袋を差し出した。ティムは「何、これ?」と言ってそれを受け取り、中に手を入れて制服を出した。

「母ちゃんが縫ったやつ。ちょうど僕たちのサイズがあったからくすねちゃったんだけど。ティムも、いる?」

 ティムはじっと息子の顔を見ていた。

「持って帰って、いいの?」

「もちろん」

「じゃあ、お金払う。だってミセス・パープルが怒るだろ。今度来るときに持ってくる」

 ティムがそう言うので、わたしが脇から彼を納得させるために言った。

「気にしなくていいよ。どうせいくつ制服があるかなんて誰も数えてないんだし。それに、わたしがお直し不可能と判断した制服は捨てていいことになっているから、全然問題ない」

 ティムは半信半疑というような目つきでこちらに一瞥をくれた。

「でも、どうして僕にくれるの?」

 ティムは大きな緑色の瞳で息子を見ながら言った。

 質問されているのは息子なのに、わたしのほうが彼の目に胸を射抜かれたような気分になって所在なく立っていると、息子が言った。

「友だちだから。君は僕の友だちだからだよ」

 ティムは「サンクス」と言って紙袋の中に制服を戻し、息子とハイタッチを交わして玄関から出て行った。

「バーイ」

「バーイ。また明日、学校でね」