死後を生きる生き方

死後を生きる生き方 (集英社新書)

 横尾忠則さんのエッセイを読むと、なにかとても落ち着きます。

 

P9

 死を語ることは結局自分を語ることになる。死を肉体的なものと見るか、精神的なものと見るか、人それぞれだが、どうも肉体的でも精神的でもなく、霊的なものではないかと思えてきた。そんなことを考察できるかどうか、これも自信がないが。

 

P38

メメント・モリ」(memento mori)という言葉があります。元はラテン語で、「死を想え」とか、「死を忘るるなかれ」とか訳されていますが、これは生者が、死ないしは死後の世界について語っているものです。

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 この言葉には「食べて、飲んで、そして陽気になろう。我々はやがて死ぬのだから」というメッセージが込められているんです。つまり、「より良く生きるために、死を想え」と言っているというわけです。生きている人間への教訓なり、導きなり、あるいは何らかの教えとするために。

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 肉体は生の象徴でもあります。と同時に、生は死と常に対峙しています。生と死は切り離せない。両者は同体です。

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「死を想う」、メメント・モリは生を主体にした見方です。だから、この辺で死の側に立って「生を想う」という「死を主体にした見方」を試してみるというのも面白いのではないでしょうか。

 

P60

 魂の存在を一番体現しているのは、僕は芸術行為だと思うんです。芸術の創造行為。創造行為の中に、知性だけでは説明できないものがあるんです。そこに、その作品が、すごい力を持って、天才的な力を持って、人の行動を促す……。そういうものは何の力かというと、知性じゃなくて霊性なんです。霊性の力だと思うんです。それは、芸術の中で一番表現しやすいものなんです。だから、空っぽ(空)というのは、霊性、霊的、霊格、そういったものを指しているんですが、表現する言葉が他にないんです。・・・

 

P82

 現世、要するに肉体を伴っているうちに霊性霊格を少しでも高めたいと思ったら、一番簡単に言えば、ナチュラルな生き方、自然体の生き方をすることです。不自然体で生きていけば、それができない。言葉では簡単ですが、このナチュラルというのは難しい。ナチュラルほど難しい生き方はないけれども、まず、自分自身に従う、自分に忠実に生きる。嫌なものは嫌。そこが基本かもしれません。

 

P99

 タマは、何か僕の子分みたいな感じでね。トイレに行くと、一緒についてくるし、朝、アトリエに行きますよね。そうしたら、奥から走ってきて、庭から門まで二十メートルぐらいのアプローチがあるんですが、必ずそこをずうっとついてくるんです。門まで来ると、そこから先は行っちゃいけないことがわかっているから、じっと座って、「バイバイ」って言うと、後ろを振り向いて帰っていくんですね。

 うちのかみさんは餌をあげているから、餌係として懐いているんでしょうけれど、僕は何でしょうね。

 タマとは十五年ぐらい一緒にいましたね。旅行へ行くとき、玄関に鞄を置くでしょう。そうすると、長旅だってことがわかるんですよ。そういうときは嫌がります。パッと家の奥へ行ってしまう。鞄を持ってきたら、あっ、長旅だ!ってわかるんでしょうね。フンっとして、そのまま消えてしまうんです。

 そういうところは、本当に人間っぽいんですよ。だから僕は、タマを猫として、あまり見ていなかった。向こうも人間のことを、自分より上とは思っていなったんじゃないですかね。

 タマが死んでから一年弱ほど経って、新しい猫を飼うようになりました。おでんという雌猫です。おでんはまったく僕についてこない。そこは、タマと全然違います。

 あるとき家へ帰ってくると、玄関がすごくおしっこ臭いんですね。あぁ、また、タマが来て、おしっこしていると思ったので、うちのかみさんに「ちょっと水撒くから、持ってきて」と言ったら、うちのかみさんは「全然、臭わない」って言うんです。僕にはすごく臭うので、バーッと水をかけたら、臭いが消えた。僕は、そういう霊的体験が多いので当たり前なんですけれどね。

 

P105

 Y字路や滝もそうですが、なぜかそういう説明がつかないものに駆り立てられていく。

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 滝のポストカードも、最初からそんなに集める予定じゃなかったんですけれどね。全部で一万六千枚くらいはあると思います。

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 ・・・それを何に使おうという用途もないし、まず、目的がない。目的のないことをするというのが、僕のテーマでもあるわけです。

 結局、僕は目的を持ってやっていないから、いろんなことがやれたんじゃないかと思います。目的がないということは、遊びの領域ですよね。要するに、遊びでいいんです。人間って、遊ぶために生まれてきたんだから、そのチャンスを与えられたと思えばいいんじゃないでしょうか。