はい、泳げません

はい、泳げません (新潮文庫)

 ヒデムネ節炸裂、という感じで、やっぱり思わず笑っちゃいました。

 こちらはあとがきと、巻末の文庫化にあたっての鼎談から・・・

 

P201

 本書は平成十四年から約二年間にわたり、東京・南青山にあるリビエラスポーツクラブのスイミングレッスンに通った記録です。

 水泳の取材で難しいのは、メモを取れないという点でした。ノートやペンを持って水中に入るわけにはいきません。当初、レッスンの内容を再現するつもりで取り組んだのですが、そもそも私は水がこわくて、取材どころではなかったのです。毎回、プールから上がると椅子に座り、気を落ち着かせてから、その日のレッスン内容をノートに書き留めました。桂コーチはこうおっしゃった、それからああもおっしゃったと。ところが書いているうちに、水中で混乱していたせいか、話の辻褄が合わなくなってくる。辻褄が合わないと間違えた気がします。記憶違いかもしれないので、何度もレッスンを思い返し、体の動きを復習し、きちんと整理ができてから再びレッスンに行こう、などと逡巡しているうちに月日が経ってしまい、結果、私は休みがちな生徒になりました。

 桂コーチによれば、私はすぐに「はい、わかりました」と答え、しばらく休んだ後に、「この前のお話ですが……」と数カ月前の話を蒸し返していたようです。彼女は「わからないなら、わからないと言って下さい!」と逐一確認していましたが、なぜか私は「わかりました」と答えてしまうのです。ウソをついているわけではありません。「わかりました」という言葉がつい口から出てしまうのです。

 水中で、やがて私は気づきました。日常的に使う「わかりました」という表現は「理解した」ということではなく、「もう勘弁して下さい」という意味なのです。そして「辻褄を合わせる」とは「言い訳を成立させる」ということに他ならない。陸上を支配するこれらのキーワードから解き放たれることが、すなわち「泳ぐ」ということだったのです。「水に流す」とはまさにこのことなのでしょう。

 

P210

―単行本の帯への寄稿で、作家の村上春樹さんは「変てこな、人の足をひっぱるような『ハウ・トゥー』本(なのか?)が、いったい世の中のどんな役に立つのか、僕には今ひとつよくわからないのだけれど、まあそれはともかく、無類に面白い本です」と書いています。ヒデミネさんは、やはり個性的な生徒だったのでしょうか。

桂先生 ヒデミネさんの連載を読んで、本当に驚きました。最初のレッスンの時、高橋さんは泳げますか?とちゃんと聞いているんです。その時、たしかに「はい」と答えたんですよ。

ヒデミネ 本当ですか?

桂先生 間違いありません。もし、泳げません、超カナヅチですと言ってくれたら、教え方は変わっていたはずなのに。

ヒデミネ すいませんでした。おそらく「いいえ」と言うより「はい」と答えたほうが波風が立たないと思ったんでしょう。無意識のうちに。

桂先生 それから、レッスンの時、それほど厳しい言い方はしていないと思うんですが。

ヒデミネ 僕にそう聞こえただけなんでしょうか……。

桂先生 たとえば、あと1メートルで25メートルを泳ぎ切れるのに立ってしまう。あと一歩なのに勿体ないと思うから、声をかけるんです。あと少しで「25メートル泳いだ!」と言えるのに立っちゃう。

征良 そう、そう!すくっと立つ。しかも、何か困ったような感じで。

桂先生 そこに壁があるように、すくっと立つんですよね。帰りは12.5メートル付近で立ちます。

ヒデミネ いや、それは岸のあたりでみなさんが待ってるように思えて、その気配というか圧迫感というか目線を感じて立っちゃうんです。帰りは波のせいで……。

征良 魔の24メートル―。でも、こんなにいっぱい色々考えて泳いでいる人には生まれて初めて会いました。

 ・・・

征良 でも、プールの水の中で泳いでいると、重力が地上より少ないから心地良いですよね。あの地上ではない感覚の気持ち良さは最高だと思う。重力からのフリーダム!自分がゆるゆると自由になってゆく感じ。・・・

桂先生 そうなんです。ふわーっと浮く。何もせずにふわーっと。

ヒデミネ ……。

征良 だって、歩かなくていいんですよ。スイスイーッと行ける。

ヒデミネ でも水の中に入ったら泳ぐしかない。他に選択肢がないわけですから、果たしてそれを自由といえるんでしょうか。

征良 じゃあ、ヒデミネさんは空を飛べたらいいと思いませんか?

ヒデミネ 空は嫌です。神様に空を飛べるようにしてあげると言われても断ります。

征良・桂先生 えーっ、うそ!

ヒデミネ やっぱり、重力はいいですよ。皆さんみたいにしっかりとした自我がある人はいいですが、僕みたいにはっきりしない人間は、重力でもないと自分の存在を確認できないんです。

桂先生 たぶん、力を使うことが好きなだけです。

ヒデミネ 重力あっての私です。千の風になんかなりたくありません。

 

 

ところで2,3日ブログをお休みします。

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