重力が愛おしい

夢をつなぐ  山崎直子の四〇八八日

 宇宙から見た景色などのお話も、ほぉ~と印象的でしたが、帰還の時に感じたことが書かれていたところが心に残りました。

 

P183

 ディスカバリー号は逆噴射をして軌道から離脱、大気圏に突入した。これでもう宇宙には戻れない、後は地球に帰還するのみだ。

 超音速で降下していく機体は、空気加熱によりオレンジ色に光っている。

 それと同時に、それまでなかった重力が感じられ始めた。

(ああ……、地球に戻ってきたんだ……)

 重力は、ディスカバリー号が地球の支配圏に入った証拠だ。手を上げるのがだんだんと重くなっていく。持っていたエンピツを手から離すと、宙に浮かばずに下に落ちていく。

 重力だ!

 こんなにも重力を愛おしく感じたのは、生まれて初めてだった。

 グライダーのように、しかしもっと急降下で、ディスカバリー号は滑空していく。船長のみごとな操縦!窓の外に大地が近づき、やがて目の前に広がっていく。

 着陸!

 ついに私たちは地球に戻ってきた。

 ・・・

 滑走路に立った私がまず感じたのは、風だった。

 そして、滑走路の脇の木々から運ばれてくる緑の香。宇宙船の中の人工的な空気とは違う、本物の自然の空気。

 そして、優しい太陽の光。

 着陸から一時間以上たち、重い重力にも徐々に慣れてくる。一歩一歩、大地の感触を味わいながら歩いていた。体中で感じる太陽の光。暖かい光だった。

 そして心地よい風。娘が私に手渡してくれたバラの花の匂い。

 私は、自分自身の足で地球の上に立っている。この重さ、その生命力の証である。

(今、私は生きている。それも、決して一人ではない。地球と一緒に生きている)

 私は、そう心の中で呟いた。

 ・・・

 地球に生まれたことに、感謝せずにはいられない。

 午後、ヒューストンに戻り、帰還式典を行った。その時私の口から出たのは、

「この美しい地球に生まれたことを、誇りに思ってください」

 という言葉だった。

 ・・・

 私が学生時代に、数学や物理を勉強し、世界がある数式で表されたり、ある物理法則で証明されたりすることがわかったとき、本当にこの世の中は美しいと思った。

 どんな存在も、決してムダというものはなく、世の中のすべてのものには意味がある。だから数式や法則に還元することができるのだ。

 その美に満ちあふれた地球を、宇宙という外側の世界から見たとき、その思いは確信となった。

 どんなに悲惨な災害が人々を襲おうとも、飢餓や貧困、差別や格差が厳然としてあろうとも、それでも生きている世界は美しい。私はそう思う。

 そして、この美しい世界を、私たちは守って、次の世代に渡さなければならない。今より少しずつ、よりよい姿で。