善く死ぬための身体論

善く死ぬための身体論 (集英社新書)

 成瀬さんの本を続けて読んでます。

 ここは呼吸についてのお話です。

 

P100

成瀬 ・・・呼吸はふだん生活しているとまったく気にしませんが、呼吸が気になるというのは、基本的に危険な時が多いんです。例えば、海で溺れそうになった時や、一〇〇メートルをダッシュした時にハッハッハッハッとなると、呼吸に意識がいきますね。そういう時以外は、呼吸に対して私たちは気にもとめません。

 ヨーガの呼吸法では、何も気にしていない時にコントロールして能力がつくと、いざという時に「呼吸しなきゃ」と思わなくても、一番効率のいい呼吸ができるようになるんです。それは何かというと、基本的に止めるか吐くか。吸ってはダメなんですよ。

 

内田 それはどうしてなんですか?

 

成瀬 吸うのは死へつながるから。私たちが生まれてきた時は、オギャーッとまず息を吐くところからスタートです。死ぬ時は最期、息を引き取る。・・・吸って終わるんです。・・・生まれた時は吐きから始まって、吸って終わるんです。

 火事の時にワーッと煙に巻かれちゃうのは息を吸ってしまうからです。吸わなければ、有毒なものを吸わないで逃げられるじゃないですか。・・・

 海で溺れるのも同じで、水を飲んでしまうのは息を吸ってしまうからです。要するに、水の中に入った時に、息を止めるか吐くかしていれば水は入ってこないんです。・・・だから、止めるとかゆっくり吐くということだけ身につけていればグッドですよ。

 

内田 なるほどね。先ほど申し上げた一九会の禊祓でも、とにかく「吐け」とだけ言われるんです。ひたすら息を吐くことを稽古する。

 

成瀬 吐くことのほうが重要ですね。

・・・

内田 ・・・多田宏先生から伺った話ですけれど、若いお坊さんが先達から、とにかく困ったことがあったら「尻の穴を閉めて、深く息を吐け」と教わったそうです。その人が乗った船が沈没したことがあった。いつも教わった通り、尻の穴を閉めて、深く息を吐いたら、そのお坊さんは泳げなかったんですけれども、助かったそうです。

 

成瀬 人間は驚くと息を吸ってしまいます。びっくりするとハッとなりますが、この時は息を吸っています。驚いた時にフーッとゆっくり吐いていれば、そんなに驚くことはありません。

・・・

内田 恐怖心とか驚愕というのは、実は身体現象なんですよね。心の現象だとみんな思っていますけれど、身体現象なんです。だから、両手の薬指をこうひっかけて伸ばすと、恐怖心が消える。

 これは甲野善紀先生から教わったことなんですけれど、薬指をひっかけて引っ張ると横隔膜が下がるんだそうです。恐怖心というのは身体的には横隔膜が上がる現象なので

、横隔膜を下げてしまうと、恐怖心も消えてしまう。

 ・・・

 怒りの感情が湧いてきたら、尻の穴を閉めろとか、とりあえず息を吐けとか、よく言いますよね。そんなことしたって意味ないじゃないかと思う人がいるかもしれませんが、身体を整えると、恐怖心とか驚愕とか焦燥というようなネガティブな感情は制御可能なんですね。・・・