おもしろいなぁと思いつつ読んだところです。
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こんなにあるのか……。
近所の書店の雑誌コーナーで私はしばし立ち尽くした。
趣味専門誌の種類があまりに多い、というより細かい。・・・スポーツは種目別。音楽は楽器別。釣りにいたっては、・・・魚種別になっており、・・・写真の分野などはカメラの機種別とはまた別に『ツキを呼ぶ「富士山の写真」』・・・などという富士山の写真を専門にしたものまで並んでいた。
趣味の世界は一体、どこまで専門化、細分化しているのだろうか。私のように無趣味な人間は、どこからどう読めばよいのか見当もつかないではないか。
試みにトラック野郎の専門誌『トラッキング』(英和出版社)を開いてみた。するといきなり大きく「本誌独占!怒涛の衝撃!!」と見出しが躍っている。他誌にはない独占スクープということなのだろう。同誌のカメラマンが兵庫県加古川市で伝説の名車「伸成丸」の撮影に成功し、「『一瞬にして鳥肌が立った』……他を寄せつけない存在感を漂わせたフルウロコステンに覆われたキャビン。身につけたオリジナルパーツの一つ一つの見事な出来ばえには誰しもが驚嘆を隠しえない」(二〇〇八年二月号)などと非常にテンションが高い。しかしその写真を見ても私はまったく驚けず、むしろ同誌の驚嘆ぶりに驚いたのである。
・・・
一体、これの何が面白いのだろうか?
小首を傾げながら私は飛行機を眺めていた。羽田空港第二旅客ターミナルの五階にある展望デッキ。・・・
飛行機マニアの専門誌『AIRLINE』(イカロス出版)編集部長の中脇浩さんによれば、こうして飛行機をじっと見つめることが飛行機マニアの原点らしい。・・・
デッキにはマニアと思われる人々が真剣な面持ちでカメラを構えている。金網には写真撮影用に所々に丸い穴が空いており、そこにレンズを突っ込んで撮影するのだ。・・・
・・・
それより寒い。
私はつぶやいた。吹きすさぶ寒風で髪は逆立ち、身が凍るのだ。
―な、何が面白いのでしょうか?
ブルブルふるえながら私はたまらず佐伯さん(仮名)にたずねた。彼はキャリア三〇年にも及ぶ飛行機マニアだという。・・・
「つまんないでしょ」
見透かしたように言う佐伯さん。
―というより、どこが面白いのか、と……。
「つまんないですよ」
―佐伯さんも?
「はい」
―でも、佐伯さんはマニアじゃないんですか?
「マニアですよ」
―ど、どういうことでしょうか?
「マニアは人がやっていることは嫌いなんです」
確かに、みんながやっていることをやる人を「マニア」とは呼ばない。
「誰もやってないだろうということをやるのがマニアです。流行ったら終わりなんです」
ここで写真を撮ることはみんながやっているので最早、「マニア」とは呼べないらしい。一般社会から見れば少数派だが、少数派の中にいるとそれが多数派になるというジレンマなのである。
・・・そこで一部の飛行機マニアはヘリコプターマニアに「宗旨替え」したそうだ。ヘリポートへ出かけてヘリコプターの写真を撮ることになるのだが、次第にそこにも人が増えてくる。するとまた一部の人が薬剤散布ヘリコプターマニアに転向したりする。通称「薬散」。風向きなどを計算して迫力ある散布写真を撮ったりするそうなのだが、ここまで「人がやっていないこと」をすると今度は話し相手がいなくなる。少数派を追求しすぎると少数派であることを認めてくれる人もいなくなる。これを彼らは「壊れる」と呼ぶのである。
「マニアは人より少し上に立ちたいんです」
佐伯さんが続けた。
―少し上、ですか?
「そう、上に立ちたいけど友達もほしい。友達に『おぉー』と感心されたい。幼稚といえば幼稚ですけど、それがマニアの心情なんです」