わさびパワー

食べる私 (文春文庫)

 わさびってすごいんですね。

 

 こちらは高橋大輔さん。

P262

 高橋さんがロビンソン・クルーソーの足跡をたどる探検を開始したのは、二十七歳のとき。少年時代、秘密基地づくりに夢中になった童心をだいじに育み、旅に魅せられて二十代で六大陸を踏破、ニューヨークの探検家クラブに入会する。そして偶然手にした原書でロビンソン・クルーソーのモデルになったセルカークの存在を知る。・・・

 セルカークとおなじ生活を経験するため、まず高橋さんは単身無人島に渡った。日本から持ちこんだ食料は米二キロ、固形コンソメ、塩、コショウ、カレー粉、板チョコ、ビタミン剤のみ。あとはすべて自力でまかなう覚悟だ。・・・

 

―食糧を捕獲する能力は、だれでも磨かれていくものでしょうか。

「はい。たぶん欲望が動かすのだと思います。島にポンと着いた当初はトマトだのフルーツだのを探そうとするのですが、しだいに『なにが食べられるか』という視点に変化してゆく。・・・虫一匹いれば、まず水があって、草があって、何かほかの生物がいるということがわかってくる。じつは食べられるものがいっぱいあることがわかります」

 ・・・

―高橋さんが島に入ったとき、塩こしょうのほかに選んだ調味料がカレー粉とコンソメというのがおもしろい。そうとう練った策ですか。

「携帯できる重量が限られているので、かなり考え抜きました。インドで気がついたのですが、カレー粉があれば野菜も魚も、なんでもおいしい料理になる。コンソメキューブは軽くて小さいし、洋風の味になる。インド・洋風・塩こしょう、三つの組み立てです」

―一カ月の無人島生活をするなかで、アレがあったらなあ、と欲したものは何ですか?

「わさびですかね(笑)。醤油より、わさび。・・・」

 ・・・

 ふと思いついて、訊いてみた。

 たったいま、このまま無人島に運ばれたら、最初になにをしますか。

 

「まず水を探し、寝る場所を確保します。危険な動物がいないか、それも気になります。いきなり魚釣りは大変なので、まず貝や海草を拾い集めて食料にする。魚を釣るとなったら、貝殻を利用します。ある程度耐久性があるし、穴を開けるのは道具がないと難しいので、貝を潰して磨き、針をつくる。ナイフがなければ、石と石をぶつけてつくる。木や植物からはいろんな道具が出来ます。葉を敷けばベッドになり、雨風も凌げる。ツルは竿につけて釣り糸。食糧を確保したら、つぎは火です。生で食べられても、やっぱり火を使って焼いたものは安心するんです」

―おいしさより安心感を得ることが大事なんですね。

「火は人間のぬくもりを感じるし、生きていることに対して感謝が湧いてきます。強力な火を手に入れられるかどうかが生活のクオリティを左右する気がします。無人島なら火打ち石とか錐揉み状に棒を回転させて火を熾すでしょう。・・・」

 

 こちらは田部井淳子さん。

P273

―登頂における食べものの鉄則は何でしょう。

「基本は、『食べ馴れているものを食べる』。ごはんと味噌汁、調味料なら醤油や味噌。栄養とかカロリーより、食べ馴れたものが一番大事なんです。いくらカロリーがあっても、食べたくなければ口に入らないし、食べられなければ力にならない。国際隊の場合はコックさんが食事をつくってくださるんですけど、私たち日本人は、味噌汁だけは自分たちでつくります。スープにはない力が出るし、味噌汁はあったまり方が違う。元気になるし、ほかのものも食べたくなるんですよね」

―やっぱり発酵食品の力はすごいんですね。ほかに、これだけは持っていくという食べものは何ですか。

「わさび!わさびって優れもんです。甘いものにでも合うし、ちょっとつけると味が別物になる。あれ、不思議ですねえ。日本では気づかなかったけれど、山で食べるとスカッとして、なんともいいようのないうまさ。洋辛子には、あのすっきり感はない。あと、海苔はマストです」

―山で海苔とは!意表を衝かれました。

「手で食べるときべたべたしないから便利なんです。お箸なんか使っていられない。海苔は香りがあるし、おいしいし、贅沢感もある。お餅も便利です。腹持ちがよくて調理も楽、水分も摂れる。梅干しは、そのまま食べると塩分が高いから喉が渇くので、朝か夜、お湯に入れて飲みます。・・・」

 

 こちらは山崎直子さん。

P283

「・・・宇宙ステーションにいた十日間のうち、十三人のチームで食卓を囲んだのは三日間。最初はロシア人、二日目はアメリカ人チームがその国の宇宙食をふるまってくれ、三日目は野口聡一さんと私が計画して日本食パーティ。手巻き寿司をつくりました。海苔の粉がぱらぱらと飛び散らないように気をつけ、掃除機でも念入りに吸い取りながら。ただし酢飯ではなくて白いご飯で、金目鯛の煮付け、帆立のお刺身、卵焼きなどを適当にのせてくるくる巻いて。ご飯は粘りけがあるので、スプーンですくって海苔にのせれば止まってくれる。大好評でした」

―異文化の食べものがコミュニケーションのツールになっているんですね。

「ふだんの訓練のときもいっしょに食事をしたり、お互いの食事を紹介し合ったりするのは非常にいい交流でした。わさびもすごく人気があったんですよ」

―やっぱり!じつは、冒険家の高橋大輔さんが無人島で欲しかったのはわさび、登山家の田部井淳子さんもエベレストで絶大な威力を発揮したのがわさびだったと激賞していらっしゃったんです。わさびの支配力、どうもすごいらしい。

「宇宙船のなかはどうしても人工的に閉じられた空間で、換気できない。いくら空調で空気を浄化しても、食べ物や身体など十年分の匂いが取りきれないまま蓄積していて、しかも埃が浮くので、つねに埃っぽくて澱んだ感じなんです。だから余計にみんな『あ、この香り好き!』。わさびのチューブを回して匂いを嗅いだり、ご飯にそのままのせて食べたり。無重力の空間では味覚が鈍くなるひとも多く、地上で試食しておいしかったのに、じっさい宇宙に行くと見たくもないくらい味覚が変化する場合もあります」

 ・・・

 山崎直子さんがスペースシャトルに搭乗したのは、二〇一〇年四月。・・・当時、ひとり娘の優希ちゃんは七歳。日本で初めて宇宙に飛び立つ母親としても注目を集めることになった。

 ・・・

―ずっと家族のありかたを模索していらして、現在は夫婦の距離をおいていらっしゃるのですね。

「はい。いろいろ考えましたが、彼のほうもがんばらないといけない時期で、むしろいっしょにいることで『宇宙飛行士の家族』として見られたり、いろんな制約がかかってしまうのはやりづらく、今はひとりで思う存分できるように、と。ちょっと離れて応援している形です」

 ・・・

「・・・いろんな国の文化や仲間の宇宙飛行士のいろんな生活スタイルを見ていると、答えはひとつじゃない、いろんなありかたがあっていいんだな、と思うようになりました。宇宙に行くと、それこそ地上の常識ががらっと変わる世界。絶対的な軸、上とか下、正解や間違いがあるわけではなくて、すべて相対的な世界なんですよね。状況によって、人ごとに価値観も違う。私自身だけではなく、親子関係や介護の問題など、だんだん『いろいろでいいのよね』みたいな柔軟な感じになってきたのは、すごくありがたかったです」