食と生き方

食べる私 (文春文庫)

 印象に残ったところです。

 

こちらは松井今朝子さん。

P157

「私は昔からすごく人生観がはっきりしていて、〝人生テーマパーク説〟なんです。たまたま『この世』というテーマパークに来ているから、閉園時間が来るまで、乗っておけるものには乗っておきたい。人生をいかにどう楽しむか、若い頃からエピキュリアンの極みのような世渡り。何か〝名前のあるものにならなくてはいけない〟という考えが私にはなくて、その意味では、ずっと世間に逆らって生きてきたように思います」

―料理も似ていますね。食べているそのときおいしくて、でも、その場でぱっとあとかたもなく消えてしまう。

「料理屋って刹那的な商売で、残らない、残しちゃいけない。それをずっと業にしてきた人間が私の前に何代もいた、その遺伝子なのかもしれません。人生を食べている、生きること自体をただ味わっていたい。そんなふうに思っています」

 

こちらは高橋尚子さん。

P238

「『今日は何も後悔がない。やるべきことはすべてやった』と考えて寝られるかどうか。そこが一番のポイントでした。二カ月先、二年先などまったく考えず、今日明日の練習をどうこなすか。そして、一回終わったらもう振り返らない。ですからスタートラインに立ったとき、ああしておけばよかった、こうすればよかった、という気持ちがまったくありませんでした。やるべきことはすべてやってきたから、思い残すことはなにもない。ゴールしたとき、二番でも三番でも、ああ私より頑張ってきたひとがいるんだな、と素直に相手のことを称えることができました」

 ・・・

―・・・そんな経験がもたらした収穫はどんなことですか。

「今日やれることをまずひとつやってみる、ということ。ひとつできるようになったら、またひとつ広げてゆく意識の変化が大事で、・・・

 ・・・理想を追い求めるのではなく、今日何ができるか。最初からすばらしい計画を立てるより、確実にひとつやることのほうが結果的にゴールに近づいていると思うのです。じっさい、私はその練習方法でやってきて、陸上だけでなく、いろんなところに置き換えられるんだな、と思いました。・・・」

―今の食の状況を見て、気になることはおありですか。

「食べ物についての情報が非常に多くて、どうしてもそれに流されてしまう機会が多いように思います。空腹でなくても食べてしまう。私自身に関して言えば、自分が手を出すとき、『本当にお腹が空いてる?本当に食べたい?』と訊き返すようにしています。すると、意外に『あ、今じゃないかな』と思うことも。

 今は『ライオンのように食べる』ことを心がけています。一般的な食のありかたとは違うかもしれませんが、朝昼晩の三食にこだわらない。今の食品はカロリーが多くて、三食摂ったら普通に動くだけではカロリー消費できないかもしれません。ライオンは、お腹が空いたとき狩りに出ますよね。たとえおいしいものが目の前にあっても、食べたいと思わなければ食べない。意識的に自分の状況を優先しています」