LOVE編

 

生きてるって、幸せー! Love & Peace (Love編)

 きのうのがPEACE編で、こちらのLOVE編も面白く読みました。

 

P6

 野菜にそれぞれ育ちやすい環境があるように、人間にも育ちやすい場所があるよね。・・・

 高校を卒業して茨城県から上京してきた私は、ほんとうに、いろんな職業に就いた。・・・

 ・・・

 いちばん苦手だったのが商事会社のOLの仕事。営業事務に配属されたのだけれど、初日から失敗の連続。「言われたことをやる」という、ただそれだけのことができない。

 ・・・

「どうして数字を揃えて書けないの?」「規則を守りなさい」「字が下手ね」と、叱られっぱなし。半年で神経症になり出勤できなくなった。

 その後、広告代理店で企画編集の仕事をするのだが、その会社では「プレゼンが天才的にうまいね」とバイトから正社員に昇格。

 同じ人間が、営業事務では「無能」になり、企画編集では「天才」になる。諦めちゃいけないね。人間には足がある。どんどん動いて自分の場所を探せばいいんだ。

 

P10

 こだま号の自由席は土曜日で混んでいた。

 ・・・

「すみません、ここ、よろしいですか?」

 ・・・通路側の席の男性は文庫本から顔を上げじろっと私を睨んだ。

 ・・・

 ふー。不機嫌な人。・・・

 男性は熱心に文庫本を読んでいる。

(いったい、何を読んでいるんだろう)

 横目でページを盗み見た私は「えっ!」と口を押さえた。

 なんと、それは、私の作品。いちばん売れた代表作の文庫版じゃないの。

 男性は不審そうに私を見て、体をずらす。

(そ、その作者は私なんですけど……)

 と、言ったら相手は驚くだろうか、喜ぶだろうか?

 しかし、以前にやはり電車の中で親しくなった人に「今日はなにをしに東京へ?」と聞かれて「村上龍さんと対談に……」と答えたら、相手は急に顔をこわばらせそっぽを向いた。妄想癖のあるオバサンと思われたのだ。

 私の小説を読んでくれて、ありがとうね。

 心でそっとお礼を言って、ファンの幸せを願った。

 

P24

 素潜りが大好き。・・・

 ずいぶん昔のこと、海で一人の男性と出会った。お互い、水の中にいるのでジェスチャーでの会話となる。

(ここに、いるいる、来て来て)

 男性が手招きをするので寄って行くと、きれいなルリスズメダイの群れ。

(きれいー!)私もOKサインで答えた。

 ・・・

 シュノーケルをくわえているのですべてジェスチャー。だけど、お互いの気持ちがよく通じてなんの不自由もなかった。

 さあ、そろそろ帰ろうということになって、ざばざばと陸に上がったとき、私は初めて彼が聾啞者だと気がついた。

(耳が、聴こえないんだ)

 と、彼は耳を指してバッテンをつくった。

「ぜんぜん、気がつかなかったよー」

 私の唇を読んだのか、ハハハと笑っている。

 それからもときどきいっしょに遊んだけれど、私は妊娠を機に海に行かなくなり、以来、かれこれ十八年、会っていなかった。

「〇〇ホテルの支配人が、ウチの父は聾啞者なんです、って言うんだ」

 このあいだ急に夫に言われて「えっ?」と思った。

「お宅の奥さんと海に潜ってすごく楽しかったって、いつも言ってるから、伝えてほしいって言われたよ」

 そうかー息子さんがそんなに大きくなったんだ。今でも覚えてくれているなんて、うれしいな。

 あれは、奇跡みたいな、出会いだった。

 

P46

 ・・・大阪の友人に「どこかわくわくするところはない?」と聞くと、その友人が「なんでも透視できる不思議な力のある人がいるけど行ってみる?」と言う。

 不思議なことが大好きなので「予約」を入れてもらって二人でハイキングがてら奈良の生駒山まで足を伸ばした。

 ・・・その人はとても気さくな女性だった。

「なにか気になっていることはありますか?なんでも聞いてください」

 はて。と、考えある事が思い浮かんだ。

「実は私の家の庭には常緑樹のチャボという木があったのですが、去年、急に弱りだして、枯れてしまったのです。台風が来ると危ないので、根元から切ってしまったのですが、枯れた原因がまったく心当たりがない。どうして枯れてしまったのでしょうか?」

 すると、その方は二、三秒じっと私を見てから、断言した。

「その木は家に近すぎたのです」

 えっ?その通り。ほとんど家にくっつくように生えていた。なんでわかるの?

「木はあまり家に近すぎてはいけない。屋根を越えるようではいけないのです」

 そうそう、成長して屋根を越えていた。

「ですから、木は家を気づかって自分から枯れたのです」

 心底びっくりした。庭師さんに木を切ってもらったとき、幹はまだ生きていて元気だった。なんで枯れたのかわからない、と庭師さんも首をかしげていたのだ。

 そうか、木は気をつかってくれたのか。

 ありがたいなあ。人間も、もっと木を大切にしなくちゃなあ。じーん。

 私って、いろんなものに生かされている。