始まる前に終わっている

 難しい手術を担うお二人が、同じようなことを語っているのが印象に残りました。

 そして、<イメージ>や<現実>や<時間>の、仕組みというか成り立ちみたいなことにも思考が広がりました。

 

プロフェッショナル仕事の流儀 壁を打ち破る34の生き方 (NHK出版新書)

 

小児外科医の山髙篤行さん

P212

「手術が始まる前に、手術は終わっちゃっているんですよ」

 山髙さんは、大きな手術の前日、一人教授室にこもる。白い紙とペンを取り出し、黙々と一人考えていく。手術の初めから終わりまでメスを入れる順番を書き出し、イメージトレーニングを行う。この場合だったらこの角度でメスを入れる……、あの場合ならこういうリスクがあるからこう処置を進めていく……と、手術に潜むリスクをすべて洗い出し、手順をイメージしていく。・・・山髙さんは、あらゆる可能性を想定しなければ良い手術はできないと考え、ここまで徹底的に準備をするのだ。

 その準備は、ときに深夜にまで及び、自宅に帰ってからも続く。浴室にも防水の紙とペンを用意してある。シャワー中にふっと思いついた注意点をすぐ書き留めるためだ。車内やベッドにもペンと紙は置いてある。メモしたことを寝る前に確認、そして、玄関にもそのメモを置き、朝自宅を出る前にも確認する。そして、最後に手術室でも見返す。手術直前まで、何度も何度も手順が体にしみこむまで準備を繰り返していくのだ。

「手術が成功するかどうかの要因は、九〇%が準備なんですよね。残りは気合い(笑)。変な話、手術が始まる前に手術は終わっちゃっているんです」

 ・・・

「気が小さいっていうか、おびえているっていうか。だから大きい手術、難しい手術があると怖いんです。だけど怖いから、一生懸命勉強する。すると、最初は小さな穴しか見えなかったのが、だんだん広がっていって、光が見えるようになっていくんですよ」

 

プロフェッショナル 仕事の流儀 人生に迷わない36の極意 (NHK出版新書)

 

脳神経外科医の坂井信幸さん

P232

「『勝ちに、不思議の勝ちあり』とは言われるけど、医者は不思議の勝ちを認めたらあかんのです。認めたらあかん。成功するのには、絶対全部、理由があるんですね。他の人には見えないかもしれないけど、自分のなかには必然がある。逆に、その理由が自分のなかになかったら、治療をしてはあかんのですわ」

 血管内治療は、後遺症のリスクが低いとはいえ、カテーテルの先のわずかなぶれで血管や動脈瘤がやぶれてしまえば、すぐに脳卒中を引き起すことになり、最悪の場合、患者の命を奪うこともある。

 だからこそ、治療に挑むとき、坂井さんは事前の準備に徹底的に時間をかける。患者の脳内の血管の配置を暗記するまで覚えこむ。一日の睡眠時間は長くて三時間。どこにどのような分岐があるか、動脈硬化で血管内が細くなっている場所はないか、何度もイメージする。そして術着に着替えるときには、自分のなかで「治療が終わっている」状態で臨む。

 ・・・

「やっぱり、怖いんですよね。人の人生を変える。それも、瞬間のことで変わるんですよね。患者さんだけじゃない、患者さんの家族の人生も変わる。

 最も成功する道、期待に応える結果を出せる道で、かつ一番安全な道は何か。結果を出さないと、ほんとうの意味で、患者さんや家族の願いを叶えられる医者じゃないと思うんですよね。思いだけで通じる、とは思ってないですよ」