見ているのは、お客さんと従業員

伊藤忠――財閥系を超えた最強商人

 対談を見た時に親しみやすい方だなと思いましたが、そんなエピソードが載っていました。

 

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 岡藤という経営者は臆病ともいえるくらい慎重だ。稼ぐことよりも防ぐことに力を費やしてきた。そして、真面目一方だ。

 自ら朝早く出勤し、細かく書類に目を通す。グループ会社にも足を運んでいく。会社で使う経費を削り、削った金をどこに回したかといえば、それは従業員の生活向上と労働環境の整備だ。

「ガンになって亡くなった社員の配偶者は必ずグループで雇用する」

「ガンで亡くなった社員の子息は何人いようとも大学院までの学費を補助する」

 社員だけでなく家族への対応もしっかりと行う、これほど立派な決断をした経営者は、商社以外を見渡しても岡藤だけだ。

 彼が経営トップになってから12年が過ぎた。会長CEOとしての彼は経営の責任を持ち、かつ社長、役員、従業員に総合商社の経営を教える立場にいる。

 岡藤は人が聞きたくなる身近なエピソードで経営を語る。大阪弁と相まって、彼の言葉はやさしく伝わる。権威主義のかけらも感じない。聞いている者の気持ちを自分に対して問いかけながら語っていく。

 部下の役員や関連会社の幹部には経営を教える。そして、教えているのだが、彼は学ぶ。取材に来た記者からも何かを学ぼうとしている。学ぶことが好きなのだ。

 ・・・

 彼は庶民的な表現で語る。要するに、自分たちは庶民だ、小さな商いをして、こつこつ働いて幸せになりたいのだと言っている。無邪気に幸せを追求する人である。

 彼が見ているのは政界、財界ではない。お客さんと従業員だ。客にも従業員にも尽くしていきたいと思っている。彼はグループ会社に対しても目配りを絶やさない。それは総合商社の仕事が変質したからだ。事業投資がメインビジネスとなり、連結決算になってから、経営トップは伊藤忠本体の業績を上げるだけでなく、関連会社の業績もまた責任範囲になった。

 本社の経営トップは関連会社の仕事の中身、業績、そして幹部の行動に至るまで把握し、アドバイスできなくてはならないのである。

 繊維、食料から始まって、資源、エネルギー、IT、エンターテインメント…。そうしたすべてにわたって知識を持つことは不可能だ。

 そこで、岡藤は考えた。

 関連会社の数字、業績は見るけれど、細かいところはCFO以下のチームにまかせる。その代わり、岡藤は人間を見る。関連会社のトップの名前を覚え、現場に足を運び、会食をする。接待の設営まで自ら行う。

 岡藤らしさが伝わるエピソードがある。

「いかにグループ会社が大事か。僕は自分が主催して各カンパニーの主要な事業会社の社長や幹部をゴルフに招待してます。豪華賞品を付けて、打ち上げの食事をして、奥さんのためにお弁当まで作って持って帰ってもらうんですわ。

 規模の大きな会社なら20人は呼びます。ゴルフでは5組かそこらになりますな。スループレーでできるところでやるんです。スルーでやって、終わってから都内に戻ってレストランで食事をして豪華賞品を渡す。春になると6回から7回はそんなコンペをやって、僕は必ず出席します。

 賞品も僕が決めてます。だって、ゴルフが下手な人もおるでしょう。下手な人はコンペで賞品をもらったことはないんですよ。それじゃかわいそうやから、下手な人にこそ賞品を上げます。ブービー(最下位から2番目)は2位と一緒。ブービーメーカー(最下位)は優勝と同じ賞品。そういう細かいところまでトップが考えるのが接待なんです。

 僕の接待もまたマーケットインですわ。下手な人の気持ちになることです。

 ゴルフコンペ行くとわかるけれど、ブービーメーカーの人ってだいたい決まってる。そういう人はコンペに来ても、何ももらったことはないんですよ。本当なら来たくないだろうけれど、仕事だから来ている。来て参加するだけだったらかわいそうやから、僕が主催する時は豪華賞品をブービーブービーメーカーにあげるわけです。

 頑張れよということやね。そうしたら、喜ぶんです。生まれてからゴルフで賞品をもらったのは初めてやとうれしそうにしてる。そうすると、次の日からものすごい頑張って仕事をする。利益が出て伊藤忠ももうかる。忠兵衛さんが社員に牛肉を食べさせたり、花見や祭りに連れて行ったのと同じことやないかな、僕がやってんのは」