加計呂麻島の民宿で聞いた、UFOの話もありました。
奇跡のりんごの秋山さんが道端で龍を見た時も、こんな感じですべてが一時停止していたと書いてあったなと思い出しました。
「みゃー」というのは、広場の名前です。
P168
・・・おかみさんがお兄さんに話しかけた。
「兄ちゃん、UFOの話は?」
「あー、UFOな」
UFO⁉今度こそ私たちは本気でたまげた。・・・
私たちの反応に頓着せず、橋口さんはやっぱり同じように淡々とした調子で話しはじめた。・・・
「あれは鹿児島の職業学校から帰ったばかりの頃だから、ちょうど二十歳のとき、たぶん三月だったかな。『みゃー』で朝の掃除をしてたんだ。若者や子どもたちで。・・・ずいぶんたくさん人がいたよ。百人ほどもいたかな。
で、ふと東の太陽を見たら、何かがスッと横にずれたんだ。何だろう、小さい灯りみたいなものだなと思ってたら、それがジグザグしながらものすごいスピードでこっちに来たんだ。時間にしてどのくらいだろう。二、三秒かもしれない。とにかく『あっという間』だった。
気づくと、『みゃー』の角にある家の上にこんな形をした巨大な〝物体〟っちゅうのかな、なにかが浮かんでいたんだよ」
橋口さんは両手で、底が丸くて横から見ると三角の形を描いた。円錐のようだ。
「びっくりしたんだけど、体を動かそうとしても動かない。動くのは目だけ。目を動かすと、自分は斜め下から見ていたはずなんだけど、いつの間にか真下から見上げていた。物体の中が丸見えで、三重の光の輪が紫というのか虹色というのか、とにかくピカピカ輝きながらぐるぐるまわっていた。物体は底の大きさが広場と同じくらいあった。とにかく、でかかった。
不思議なのはね、これだけ大きな物体が飛んできたのに、木の枝が揺れていないんだ。揺れてないというか、なにもかもが止まって見えた。他の人たちもみんなビデオの一時停止みたいに止まっていた。
どのくらい物体がそこにいたかはわからない。なにしろ、俺、パニック状態だったから。短い時間だったと思う。それで物体は突然、来たのとは別の方角に飛んでいき、あっという間に消えちゃった。
それと同時に体がふっと動くようになって、みんなも動き出して、すべてがふつうに戻ったんだよ。他の人たちは今起きたことにまったく気づいていないみたいだったな」
「すっげえー!」「マジっすか!」今度こそ私と森はそろってバカな男子学生じみた声をあげてしまった。
・・・
橋口さんは何年かあとにテレビでスピルバーグの映画「未知との遭遇」を見た。そして驚いたそうだ。
「俺が見たものとそっくりなんだ。あんなもん、実際見ないと作れないよ。絶対見た人がいるんだよ」
(奄美から帰ってから私は「未知との遭遇」を見たが、宇宙人はともかく、巨大な円盤はすごく不気味でリアルだった。見たのは誰だろう。スピルバーグその人だろうか……)
・・・
すると、おかみさんが「ほら、手の話をしなよ」と促した。
「あ、そうそう」と思い出したように橋口さんは言った。
未知の物体と遭遇してから二、三日後、左の人差し指の第二関節の上が黒っぽくはれているのに気づいた。でも痛くもかゆくもないので放っておいた。
八年前、左手の甲の骨を折ったとき(原因は聞きそびれた)、病院でレントゲンをとってもらうと医師に変なことを言われた。
「人差し指に何か金属の破片が入ってますね。これ、何です?」
当然、橋口さんは驚いた。思い当たることといえば、あの物体しかない。
・・・
「ほら」と橋口さんは左手を拳に握ってみせた。なるほど、太くて無骨な人差し指の第二関節の真上がぽっこり黒く盛り上がっている。私もさわってみたが、明らかに何か小さい砂利のような異物が入っている感触だった。
「ま、それだけよ」と橋口さんはまた言った。
それだけって、ずいぶんな「それだけ」である。