予測できない答

実話芸人 (幻冬舎文庫)

 どの指がないかに意味があったのですね(;^_^Aこんな突撃取材もありました。

 

P70

 ある初夏の昼下がり―そろそろ、次のライブに向けて新しいネタを作らなければと、追い詰められていた僕に、ワハハ本舗社長の喰始は言いました。

「次は刺青を取材してもらいましょうか」

「嫌です!」

「刺青=怖い」としか認識できない僕は即答したのですが、念のために「なんでそのテーマなんですか?」と聞いてみると、すごい答えが返ってきたのです。

「別に」

 こうして強制的に、かつ恐る恐る始まった刺青取材は、なんと足かけ16年続いています。

 今も取材継続中の大切なネタになっているのは、・・・「彫師」の方々の魅力に、つい引き込まれてしまったからなのです。

 ・・・

 アポなしで来たにもかかわらず、こんなに親切に話を聞かせていただけるとは思いませんでした。せめて、この食事代くらいは僕が支払わなければ、と思ったのですが、当時も今も、お金にはまったく縁のない生活をしている僕です。せめて自分の分だけでも、と、恥ずかしながら皺くちゃの千円札を3枚、そっとテーブルの隅に置きました。

「てめえ、なんだこの金!お前みたいな貧乏芸人から、三代目彫よしが金をせしめたとなりゃ、看板に傷がつくんだよ!」

 彫よしさんが、初めて会う僕を食事に誘ってくれたのにはわけがあったのです。

 これまでも刺青について取材されるたびに、彫よしさんはちゃんと応じられているそうです。でも、電話取材では用件は伝わっても、熱量は伝わりません。

「俺に挨拶しに来た時、お前心底ビビッてたろ」

 あ、やっぱりバレてたんですね……。

「顔みりゃわかるよ。それでも飛び込んできたお前の勇気を買って、飯ぐらい食わせてやろうと思ったんだよ」

 無名芸人に対して、ここまで真剣に接してくれるなんて―僕は思わず感動してしまいました。

「いいか、これからは金は出さずに―顔出しな」

 ・・・

 彫よしさんに会うために横浜に通っていたある日のこと。僕は気づいてしまったのです。左手に―人差し指がない。

 もちろん理由を知りたい。でもおいそれとは聞けません。

 ・・・

 いつもご馳走になっている飲み屋さんで、彫よしさんがいい具合に酔いの回ったのを見計らい、決死の覚悟で聞いてみました。

「あの、あの、そのひ、左手の人差し指は―なんでないんですか?」

 ・・・

 やっぱり、よく聞くところの落とし前ってやつかな?だったら元極道?もし、そうだったとしても、僕は今の彫よしさんが大好きです!そう言おうと準備していました。

 しかしこの答えは、予測できませんでした。

「ああ、これか?アライグマにかじられた」

「は?」

「アライグマにかじられた」

 これが、本当の話なんです。彫よしさんの奥様は大変動物好きな方なのですが、20年以上前に、飼っていた・・・アライグマを檻に押し込もうとしたその時―。

「俺の指をカプッ!と」

 極道の世界では、よく「指を詰める」といいますが、彫よしさんいわく、その詰める指にもそれぞれ意味があるらしいんです。

 小指を詰めるのは仕事の落とし前。親指を詰めるのは博打の落とし前。人差し指は―女の落とし前。つまり、人差し指は、兄貴の女に手を出してしまったとか、女性関係の不始末を犯した者を、業界で晒し者にするために詰めるのだそうです。

 これが彫よしさんには辛い。

 彫師の仕事をされてますから、当然その手の業界の方も顧客とされています。その時、必ず彫よしさんの人差し指を見てニヤニヤしながら、「彫よしさんも若い頃は相当ヤンチャしてたんですね~」と言われるのだそうです。

「そのたびに、アライグマにかじられたと説明するのが情けない」