問題と対処法

不自由な脳―高次脳機能障害当事者に必要な支援

 脳の疲れやすさと、対処法についてのお話です。

 ちなみにレジ会計は、両手が使える状態にできるようバッグなどを工夫し、できる限り電子マネーで会計するようにして対処されているそうです。

 

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山口 ・・・一度に複数のことを、こうこうだから、こうこうでこうしてみたいな、頭の中で算段する時にすごくワーキングメモリが必要になると思いますが、そういうことが苦手になると、例えば会計の支払いなどで、お金をポンと言われて覚えておくだけでも精一杯で、お財布を見たらわからなくなってしまったということをよく聞きます。

 

鈴木 レジ会計は典型的なパニックスポットですね。まずは店員さんが口にしたりレジスターに表示された金額を、財布の中のお金を数えて出している間に忘れてしまうこと。あと、一生懸命お金を数えて用意している時に、たくさん矢継ぎ早に声をかけられること。「〇〇つけますか」「〇〇カードありますか」「温めますか」「温かいものは別にしますか」とかって、四つぐらい質問がきませんか?

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 あれ、全力集中で金額忘れないようにしてても、言われるたびに記憶が吹っ飛ぶんです。あと結構やっぱりここでも問題なのが、手がふさがっていること。お財布を開く時に何か手に持っていたりすると、てきめんに記憶が消えるのが加速します。

 ・・・

 ついでに言うと、当事者さんで、電子書籍がすごく助かるという人の話も聞きました。本を開いている状態をキープしているのはすごく頭を使うので、それで頭に入ってこないそうです。・・・だからパソコン、タブレットなどの電子書籍で置いている状態で読んでいると、すごく集中できると。ちなみにそれは高次脳機能障害の当事者さんではなくて、発達障害の当事者さんから聞いた話です。・・・三倍早く読めると言っていましたね。・・・

 

山口 そのようにものすごく脳のエネルギーを使っているので、脳が疲れやすいことを多分日々経験されているのかと思います。それはどうですか?

 

鈴木 これまた疲れやすいの種類がたくさんあるのですが……。

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 最初の脳外科的な急性期は、傾眠ですね。とにかく眠い。・・・その後は時系列が順不同になるかもしれないですが、種類だけ先に言います。

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 午前中集中して仕事をすると、お昼の段階で頭が重くなってしまう。・・・

 ・・・時間単位のエネルギー消費が高い例の最たるものとしては、集中して人と話す時に、二時間ぐらいで後頭部がしびれてきて、唇と手の麻痺が少し戻って、ろれつが回らず舌を噛みそうになってしまったり、最終的には言葉が出なくなってしまうということがあります。・・・

 ・・・あと、外部の刺激にずっと触れ続けていて、意識せずとも資源が削られていって、ストンと落ちる感じもあります。

 ・・・例えば長時間の運転や人混みを歩き続けることをしているとストンと脳が「本日終了……」みたいな感じで、思考や言葉がまとまらなくなってしまうものです。

 ・・・

山口 私が一つ教えていただきたいと思っていたのは、こういう易疲労の改善方法。・・・鈴木さんの場合の改善方法は何かありましたか?

 

鈴木 リハの先生からは体を動かすことを勧められて、僕にとってはそれが一番楽だった・・・音楽を聞きながらジョギングをすると、その間は本当に何も考えていないので。・・・

 走っている時だけは、自分の身体と心が離れているような非現実感がなくて、失われている世界観や現実味を取り戻せるように感じたんです。・・・ 

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山口 実際に脳にダメージのある方のリハビリで、あるいは脳にダメージがない方も含めて、一番何がいいかというと有酸素運動と言われています。

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鈴木 ただ、易疲労の対策で一番劇的だったのは漢方の抑肝散ですね。

 

山口 抑肝散。今わりと認知症の方によく出る漢方のお薬ですが、高次脳機能障害の方にも出る。どちらかというと精神を和らげるようなお薬だと思います。

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鈴木 ・・・当事者さんによっては全然効きませんって人もいますが、僕の場合は飲んだその日から劇的に違いを感じたので、漢方ってじっくり効くものだと思っていたのでおどろきました。

 

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 付記 この「終わりに」の原稿を読まれて、鈴木氏から以下のコメントをいただいた。・・・

「理解者がいて助けてもらえると理解することで、脳のリソースを多く奪い情報処理を困難にしている「混乱と不安という思考」が消え去り、脳が限られたリソースを一気に必要な情報処理のみに回せるようになる、というような機序なのではないかと感じています。不安がどれほど人の脳を不自由にするのか、他者の理解がどれほどその不自由を緩和してくれるのか、・・・」