心なのか脳なのか、どちらにしても面白い傾向だなぁと思いました。
P31 問08 心の会計簿
まず、次の2つのストーリーを読み比べてください。
A:コンサートの前売り券を1万円で購入した。当日、会場最寄りの駅で、チケットを紛失したことに気づいた。当日券(前売り券と同額の1万円)はまだ売り切れていないので、このまま会場へ足を運んで改めて購入すればよいのだが……。
①チケットを買う ②チケットを買わない
B:前売り券を買いそびれていたコンサートの当日券がまだ帰るということなので出かけたところ、会場最寄りの駅で、チケット代と同額の1万円入りの財布を紛失したことに気づいた。財布はもう1つ持っていて当日券購入に支障はないので、このまま会場へ足を運んで購入すればよいのだが……。
①チケットを買う ②チケットを買わない
さて、Aの場合、①②どちらを選ぶ人が多いだろうか。Bの場合、①②どちらを選ぶ人が多いだろうか。そしてそれはなぜだろう。
答え◎大多数の人の答えが次のようになることが実験で確かめられている。
Aでは、「買わない」。Bでは「買う」。
冷静に考えてみると、Aの場合もBの場合も、「2万円の流出とともにコンサートを観るか、それとも1万円の損失に甘んじてコンサートを諦めるか」という勘定では、まったく同じ状況である。つまり経済的には差がない。しかし、決断の結果は大幅に違ってくる。なぜだろうか。
Aの場合、失った1万円のチケットは、コンサート鑑賞に密接に結びついた意味を持つので、再度1万円でチケットを購入したら、計2万円でチケットを買ったことが確実となり、正規より1万円余計に払ったという印象が定着するのだろう。
Bの場合、1万円紛失という出来事は、コンサート鑑賞とはたまたま金額的に一致していたという偶然的な関係しか持たない。そのため、チケットを購入したとき、費用は1万円で済んでいるという印象があるのだろう。紛失した1万円とチケットとは「別勘定」として心の中に登録されているのだ。
紛失したのがチケットであれ1万円であれ、同じ損失なのだが、改めて1万円出してコンサート鑑賞するかどうかの判断に重大な影響を及ぼすのである。論理的に言えば、Aの場合とBの場合とで買う買わないの判断の食い違う人は「合理的でない人間」ということになるだろう。しかし、多くの人がこの「合理的でない」判断に従って日々行動していることは確かだ。この種の合理的でない「心の会計簿」にはなんらかの利点があるのか、それとも、賢明な利益追求の妨げになっているだけなのか、考える必要があるだろう。
「心の会計簿」を考える上で面白い例として、結婚3年目の女性による「発言小町」の投稿を見よう(2018年6月3日)。要約するとこんな趣旨である。
「私の誕生日プレゼントとして、夫が百貨店ブランドの化粧品を買ってくれたが、私の見ている前で、もらいものの商品券で支払っていた。ショックを受けた。モヤモヤする……」・・・
「気持ちはわかる」という回答はごく少数で、大多数が「まったく理解できない。あなたがおかしい」という批判的コメントだった。他人事だから、というのもあるだろうが、世の中は、「心の会計簿」を認めない合理的風潮に向っているらしい。
しかし夫の視点から見るとどうだろう。商品券も現金も経済的に同等であるならば、その場では現金を使っておいてなんら差し支えなかったはずだ。ロマンチックなイベントなど、当事者が「心の会計簿」にこだわりたくなる場面も存在する、という事実を押さえておくことは重要だろう。人の目に触れるところでは「心のこもった」金の使い方を心掛けておくのが無難かもしれない。