巨流アマゾンを遡れ

巨流アマゾンを遡れ (集英社文庫)

 高野秀行さんの本が続きますが、そういえばまだ読んでないのあったなと、読んでみました。

 著者が20代の頃だそうなので、四半世紀前のアマゾン紀行、見たことも聞いたこともない話満載で面白かったです。

 

P118

 ピラルクについて初めに知ったのは、本の中である。まず、ご存じ開高健の『オーパ!』(集英社文庫)。この中で、ピラニアやドラードといった名魚を押しのけるように、メインイベント的な扱いを受けているのが、ピラルクである。開高先生は、この大魚を一発釣り上げようとするが叶わない。しかたなく、今度はモリで一打ちにしようと、岸辺の水面に突き出た木の枝に腰かけて待つが、結局これも、神経の繊細さで魚に及ばず(つねに、魚のほうが先生より先に相手に気づくのだ)、敗退するのであった。

 その次に読んだ『アマゾン・クライマックス』に至っては、『オーパ!』取材の際、開高健のガイドを務めた著者が、ピラルク釣りにあの手この手で挑むが、やはり結局は全て失敗に終わるというのをメインストーリーとした、まさに「ピラルクの本」なのであった。

 私は、これらの本を読んで、ピラルクという魚よりも、たかが一つの魚にこれほどまでの情熱が傾けられることの方に驚かされたものだ。確かに、ピラルクは、文章の説明でもすごいことはすごい。全長が最大四メートル近くに達し(現在は、こんな大きなやつはもういないらしいが)、・・・世界最大の有隣魚(つまり、ウロコのある魚)ということになるらしい。

 また、この魚は、一億年以上もその姿を変えずに、生き延びてきた古代魚であるという。一億年と言えば、・・・地質年代でいうなら中生代白亜紀、つまり、チラノザウルスが陸上を跋扈し、プテラノドンが飛びかっていた時代に、すでにピラルクはゆうゆうと泳いでいたことになる。

 ・・・

 ・・・私が、釣り師たちの情熱を初めて(しかも一発で)理解したのは、マナウスの自然科学博物館の大きな水槽にて、本物のピラルクにお目にかかったときであった。どちらも全長二メートルくらいの二匹のつがいであったが、この夫婦はたいへんに仲が良く、つねにぴったり寄り添って、「何をするのもいっしょ」という風情である。ピラルクの夫婦は、片方が死ぬまでずっと共に生活し続けると言われ、こんな大きな動物―そろそろ「魚」という気がしなくなってきた―が、一生このように仲良くし続けることを想像するだけで感じ入る。オシドリ夫婦ならぬピラルク夫婦だ。

 そして、その二匹が、一匹ずつ、ヌーッと扁平な顔を小さな窓に寄せ、大きな丸い目をキョトキョト動かし、至近距離でこちらをじーっと眺めてから、もったいぶった態度でドレスのような尾をひらりと振り、ふあーっと夢見るように通りすぎる。それを見ているだけで、私たちは二人とも夢中になり、何十分も窓にしがみつき、興奮したカメラマンの鈴木さんは、ガラス越しの撮影が極めて難しいのがわかっていながら、フィルム二本をあっという間に使い果たしてしまった。

 とにかく、見れば見るほど魚に思えない。・・・

 ・・・

 思考する魚。思考していることが、はた目から感じられる魚。それから、あの、いったい自分を何様と思っているのかわからない超然とした態度。実際、ここで仕事をしているおばさんの話だと、エサをやり忘れたりすると、催促してぽっしゃんぽっしゃん跳びはねたり、人見知りが激しいというから、ほとんど犬である。