室井滋さんが、いろんな分野の専門家を訪ねた対談集。
「婦人公論」の連載が本になったもので、興味深く読みました。
こちらは「ゾウの時間 ネズミの時間」で有名な生物学者の本川達雄さんとの対談です。
P191
室井 私、ナマコを肴に日本酒を飲むのは大好きですが、ナマコには顔も見当たらないし、今ひとつどういう生き物なのかがわかりません。
本川 ナマコはウニやヒトデと同じ棘皮動物の仲間で、解剖するとほとんど全身が皮でできています。
室井 ということは、私たちがポン酢で食べているコリッとしたところは、皮ですか。内側に白いところがあるでしょう、あれは?
本川 あれもすべて皮です。真ん中が筒状に抜けていて腸があります。ナマコは触られるとキュッと硬くなりますが、さらにゴシゴシと揉むとぐにゃぐにゃに融けてしまう。でも融けても再生します。1匹を2つに割ると2匹のナマコになるし、魚に食いつかれると、その場所が融けて穴が開き、自分から腸を出します。
室井 腸って、珍味の「このわた」のことですよね。
本川 はい。魚が腸に食らいついている隙に、皮は逃げる。そのうち穴がふさがり、腸が復活します。
室井 エーッ、忍者みたい。逃げるときには速く動けるんですか?
本川 ゆっくりですね。でも、魚に効果のある毒を持っているので、ナマコを食べる生物はそういません。
室井 あら、あんなにおいしいのに。
本川 たまにそういうヘンな動物がいるのです、人間とかサメとか。めったに捕食されないから逃げなくていいために、筋肉は必要がない。ちなみに、脳もありません。
室井 ナマコ本人は、いったい何を食べて生きているんですか。
本川 ガサッと砂を食べて、砂についている微生物や海藻の切れ端などを摂っています。食糧である砂の上に常にいるのだから、お菓子の家に住んでいるみたいなもの(笑)。そしてな~んにもしない。実は、1年間何も食べなくても、自分の体を融かして小さくなって、ちゃんと生きています。
室井 それほど動かないものを30年以上研究なさったら、ナマコについてもうナマコ以上にご存知ってことですよね。
本川 わからないことだらけです。何しろ人間とはあまりにも違うので、先方のご意向がわからないのです。
室井 アハハ。それにしてもなぜナマコの研究を始められたのですか。
本川 若い頃、琉球大学に赴任しました。離れ小島の瀬底島にある臨海実験所に着いたら、海岸にナマコがごろごろ転がっていた。ある日、一日中ぷかぷか海に浮かびながら海底のナマコを観察してみたものの、ほとんど動かないからその変化のなさに耐えられない。どう見ても彼らと僕らに同じ時間が流れているとは思えなくて、ナマコの1時間と人間の1時間は違うという気がしました。
室井 沖縄は、人も時間の感覚が少~し違うでしょう。
本川 赴任してすぐのこと、夜7時半から歓迎会というのでお店に行ったら、誰もいない。8時過ぎてポツポツ人が来始めて、8時半くらいから会が始まるんです。向こうの人に聞いたら、7時半からというと7時半に家を出るんですね。びっくりしました。沖縄の人と自分では時間の感覚が違うんだ、と。さらにそこにナマコとの出合いがあって……。
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室井 同じ生物同士で見ても、たとえば人間の大人と子どもを比べると、子どもは脈拍が速いですよね。それに子どもの頃は、朝早くから学校に行って、クラブ活動もやって、塾へも行き、友だちとも遊び、一日にたくさんのことをこなすけれど、大人になってからは、活動という点では減っている気がします。
本川 体重あたりのエネルギー消費量は、大人は子どもよりうんと少なくて半分以下になります。老齢になるとさらに少なくなる。ということは、「子どもの時間」と「大人の時間」「老人の時間」は、実は違う。密度がだんだん薄くなるのです。
室井 なるほど。
本川 小学校の授業は1コマ45分で、大学は90分でしょう。でも、それは子どもが未熟だから45分しかもたないと思っていませんか。
室井 そうか!小学生のエネルギー消費量が大学生の倍だとすれば、結果的に同じくらいなんですね。
本川 その通りです。
室井 年齢が同じでも、人によって時間は違うかもしれません。1時間のテストで100点取れる子もいれば、1時間では無理でも3時間かけたら100点取る子もいるもの。
本川 それを許さないのが、今の社会です。人間はテクノロジーの進歩で物事を便利にしてきました。飛行機やコンピューター、携帯電話など、便利な機械が迅速に物事を処理し、その結果生み出された時間でいろいろなことができる。というか、しなくてはいけなくなった。でも、それで万々歳なのかって言ったら……。速く処理できる人間が勝ちという世の中には疑問です。・・・