鬼をかかえる

陰陽夜話

鬼が出てきてくれないと成り立たない、というところ、印象に残りました。

 

P197

小松 陰陽道というのと、鬼信仰というのはペアになってますよ。

 夢枕さんの本なんかも、鬼が出てきてくれないと作品が成り立たないわけですよね。

 

夢枕(笑)本当に、必ず闇とペアになっていますよね。安倍晴明も鬼がいないと商売があがったりというか(笑)。

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 そういうものがないと安倍晴明も自然に消えていくべきもんだろうと思うし、ただ絶対になくならないもんだと思うんですね。人間が一人いれば、必ずその一人の人間の中に、陰と陽っていうんですか、鬼の部分と人間の部分の両方を持ってるもんだろうと思うんです。

 

小松 この間、ちょっとビックリしたことがあったんです。京都の家庭裁判所に出かけて来ました。

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 ・・・家庭裁判所の調査官の研修会に講師として招かれたんですよ。京都を素材にしてで結構ですから、鬼とか呪いであるとか、いわゆる広い意味での文化における闇の部分について、少しレクチャーをして欲しいと言ってきたんですね。

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 非常に恐ろしい世の中になったのか、或いはやっと合理的なものの考え方だけを押しつけて、平等の思想を教えていくだけではなくて、ようやく長い歴史の中における人間っていうものを見ようとしている。科学的な視点からだけじゃなくて、人間として人間を見る。そういう時代が来たのかなって感じがしましたね。

 

夢枕 道徳だけだと辛いでしょうね。かく生きねばならぬというものがあって、それだけを押しつけられて、そう生きない人はなんとなくこう切られていっちゃうというのは、やっぱりあり得ないですよね。

 

小松 安倍晴明が、平安時代にそういう人の苦しみを癒すようなことをやってたんですけど、先ほども言いましたが、清明は、やっぱり社会における陰の人なんですよね。あまり表に出てはいけない。あくまでも、中心は六条御息所だとか源氏だったりするような世界があって、そういう人たちから庶民まで、様々なレベルの人たちの人生ドラマを陰で支えてたわけです。

 心の中に生じてくる鬼。まさに般若になっていくような、生成り的な人。鬼というべきものを誰もが心の中に抱えざるを得ないのだということにみんなが気がついていたということではないでしょうかね。