東京の台所

東京の台所

100人の台所の写真と、それぞれのエピソードを紹介した本を読みました。知り合いではないけれど、今ここに生きてる仲間がたくさんいる…そんな気持ちになりました。

 

P170

 本書のテーマを東京に限定したのは、私自身が長野の田舎から上京して、東京という記号に特別の思い入れがあったからである。どんなに都会で颯爽と暮らしている人でも、きっと地方から出てきた人は、台所から故郷の痕跡がみえるはずだと思った。

 また、東京生まれならではの物語もある。相続で手放さねばならなくなった人の家に呼ばれ、最後の情景を撮ったり、もうすぐ離婚するという人の台所を撮った。しんとした広い台所のあちこちに、住人の淋しさのかけらが落ちているようで、こちらまで胸が詰まることがあった。

 東京でのひとり暮らしには、自由も不自由もある。

 四十五歳独身、フリーライターの男性は好きなときに呑み、好きなときに寝起きし、男女の友達を招いては手料理を振る舞う会を楽しむ気ままな生活だが、そんな自由より一緒に暮らすパートナーが欲しいとつぶやいた。ある年齢になると、作りすぎた料理を分け合う相手がいない不自由が、東京暮らしの楽しさを凌駕する臨界点が来るらしい。

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 最後に、七十五歳の女性の忘れられない言葉を紹介したい。

「豊かな孤独は大事。でも孤立はだめ。とくに年寄りはね」

 高齢のひとり暮らしの人ほど、取材を断られることが多かった。豊かな孤独か、あるいは孤立か。どちらであっても、あらがいがたい東京の現実を写してみたかった。