男と女の台所

男と女の台所

「東京の台所」が面白かったので、こちらも読んでみました。

 この本も、みんな色々ありながら生きてるんだよね、と心強い仲間がいるような気持ちになりました。

 

P3

 台所とはひどく不思議な空間だ。初対面にもかかわらず、心の深いところの澱や苦しみを話し出す人もいる。過去の辛い別れや、現在の迷いや悩みを吐露する人も。ふだんは他人に見せない奥の院だからこそ、そこに踏み込んだとき、人は心の鍵を少し開けるのかもしれない。反対に、幸せや喜びは、並んだワイングラスや作り置きのグラタンから、どんなに隠しても溢れ出てくる。

 本書では、「愛」をテーマに台所を描いた。心の内を聞くために、年をまたいで何度か通った。その間に籍を入れた人もいる。大きな土鍋が増えたり、あるいは家族が減り、食器棚を丸ごとなくした人もいる。

 通いながら考えた。なぜ、台所にはこれほど人間くさい物語がつまっているのだろう。これは、取材当初、私自身想像をしていなかったことでもある。ドラマはあるだろうが、そこに夫婦の愛や老い、生きがい、ひいては人生を考える萌芽まで潜んでいるとは思ってもいなかった。

 だが、次第にわかってきた。

 多くの人は、元気がある日もない日も、ご飯を作らなくてはならない。ケもハレも、台所に立ち、何かを作る営みは変わらない。喧嘩をして怒りをこめて皿を洗っても、仲直りをしてうきうきと彼の好きなつまみを作っても、ふたりがひとりになっても、ふたりが三人になっても、だれにも同じ明日が来て、やっぱり昨日と同じように、生きていくために台所に立つ。そこには、とりつくろうことのないありのままの自分がいる。