花のベッドでひるねして

花のベッドでひるねして (幻冬舎文庫)

よしもとばななさんの小説の中の一コマ。
メモしておきたいところがありました。

P20
 ・・・家族は祖父の引き寄せの特技を気楽に利用していた。
 昔からだれかが、
「おじいちゃん、アイスが食べたいんだけど。」
 などとお願いすると、
「よし、わかった。何味かは選べないよ。」
 と言ってただにこにこしている。
 そしてしばらくすると、近所の人が急に立ち寄ってあまったアイスをくれたり、買い物に出かけた祖母が近所の駄菓子屋さんでアイスを買ってきたりしたと言うのだ。
 私の知っている範囲でも、たいてい実現するのはその日のうちだったが、まれに翌日になることもあった。
 そんなときは「遅かったなあ」と祖父は笑っていた。
 それならとためしに「車がほしい」などと言ってみてもだめだった。しかし車が故障して父がほんとうに困ったときには、祖父はくじ引きで車を当ててきた。
 軽トラがほしいのにセダンだったりするので転売の手間は避けられなかったが、空間がふわっと明るくなる魔法のようなできごとだった。
 ・・・
 ・・・
 祖父は微笑んだ。
「引き寄せっていうのはつまり、欲の問題だろう?でも、俺のはそれじゃないんだ。欲がないところにだけ、広くて大きな海がある。海には絶妙なバランスがある。その中を泳ぎながら、俺は最低限の魚をとって食べている、ただそれだけのことなんだ。有名になる必要はないし、足りているもので生きればいい、そう決めれば必要なものはそこにあるんだ。
 花のベッドに寝ころんでいるような生き方をするんだよ。幹のいちばんいいところは、心からの幸せの価値を知っていることだ。今のままでいい。うっとりと花のベッドに寝転んでいるような生き方をするんだ。もちろん人生はきつくたいへんだし様々な苦痛に満ちている。それでも心の底から、だれがなんと言おうと、だれにもわからないやり方でそうするんだ、まるで花のベッドに寝ころんでひるねしているみたいに。いつだってまるで今、そのひるねから生まれたての気分で起きてきたみたいにな。」