人生の道しるべ

人生の道しるべ

 吉本ばななさんと宮本輝さんの対談、興味深く読みました。

 

P12

宮本 ぼくは若い頃、社員数が百八十人くらいの広告代理店でサラリーマンをしていたんですよ。

 

吉本 広告代理店……。意外です!

 ・・・

宮本 ・・・この人たちはなんで物事をもう少し真剣に考えないのか、と最初は訝しく思っていた。でもそのうち、「朱に交われば赤くなる」ということわざの通り、ぼく自身も、深く考えるのをやめよう、となったんです。

 ・・・

 ・・・これがつもりつもって、いつのまにか大きなストレスになっていったんでしょう。突然、重症のパニック障害になりました。ぼくの前半の人生でいちばん大きなエポックです。

 

吉本 そうならなかったら、いまごろ宮本輝という小説家はいなかった?

 

宮本 まあ、そうでしょうね。この間、ある大学の精神科医の先生と話をしたら、「よく死にたいと思わなかったですね」と。普通それほど重症化すると、自分に対して自信を失ってしまい、鬱病にスライドして自殺してしまうことがよくあるそうです。「よく踏みとどまりましたね」と褒めてもらった(笑)。そんな状態が二十五歳からはじまって、よし、これで九割がた治ったなと思えたのが、五十歳を過ぎてからです。それまではちょっとくすぶったり、ときに小さな火になったりと、二十五年間ほど、病と闘いながら生きてきた。心の病気というのは、気合なんかで治るようなものではないんです。

 ・・・

 最も苦しかったのは、自分が突然狂気に走っていくかもしれないという恐怖感でしたね。もう子どもも女房もいたし、おふくろもだんだん歳取ってくるし、こんなんでどうやって俺は生きていくのかと考えるのですが、ついに電車に乗れなくなって会社をやめてしまった。取引先と商談なんかできないですから。そのとき、あ、小説書こうと思ったんです。小説を読むことはずっと好きでしたが、自分で書くとは考えていなかった。でも、通勤電車乗らんでええしな、と。

 

P68

「混乱することはない、流れに乗るんだ。違うことをしてしまわないように。」

 頭の中の祖父がそう言った。

「そのつど考えて、肚に聞いてみなさい、景色をよく見て、目を遠くまで動かして、深呼吸しなさい。そして、もしもやもやしていなかったらその自分を信じろ。もやもやしたら、もやもやしていても進むかどうか考えてみなさい。そんなもの、どこからでも巻き返せる。」

 ―よしもとばなな「花のベッドでひるねして」