子どもの成長

茶色のシマウマ、世界を変える―――日本初の全寮制インターナショナル高校ISAKをつくった 小林りんの物語

いろんな国の子どもが集まって、こんな変化が起るんだ、と驚きつつ読みました。

P263
「あそこでは、子どもが成長していくのがはっきりと見える瞬間が何度もありました。あの短い期間で。それが本当に興味深かった」
 中室はサマースクールを手伝った時の経験をそう語る。
 ・・・
 ・・・パレスチナの少年が話をしたことがある。
 ・・・自分の父親がイスラエルの支配に反対するデモに参加して、ゴム弾で撃たれ投獄された話をした。
「みなさんはパレスチナのことをテレビのニュースや、新聞で読んだことがあるかもしれません。でも、僕たちの目の前にある現実については知らないと思う。たとえば、僕が日本までやってくるのに、どれだけの時間がかかったかわかりますか」
 自分たちパレスチナ人はガザやエルサレムイスラエルに支配されているので、外国に行くにはヨルダンまで行かなければならない。・・・荷物を検査され、尋問のために20時間以上も拘束される。みんな自由とか権利とか言うけれど、僕たちには移動の自由さえないんだ……。
 そこまで話して、パレスチナ人の少年は泣き崩れた。
 凍りついたような静寂がしばらく続いた。誰も何も言えなかったと、中室はその時のことを話してくれた。その翌日のことだ。
「いきなり裸足で庭に出て、スタッフの一人に怒られてたような日本人の男の子がいたんです。なーんにも考えてないような子が。その子と、たまたま二人になって話した時に、彼がこう言った。『いや、俺ほんとに思ったよ。平和っていうのは、空気みたいなものなんだね』って。自分がどんなに恵まれた環境にいたかってことに、今まで自分は気がつかなかった、って。・・・『自分とその半径5メートルの範囲』でしか自分の将来の夢を考えていなかった子どもたちが、広く社会のために何か貢献したいと真面目に考えるようになったとしたら、その視野のひろがりがもたらすものってすごく大きいと思う」
 インドのチベット難民キャンプから来た子は、中国政府の圧政に抵抗して、チベット僧が焼身自殺をした時の映像をYouTubeから検索してみんなに見せた。それから、チベットの歴史の話をした。
 その話が終ると、ある子が「そんなの嘘だ」と言い出したのだそうだ。
 中国の名門校から来ていた男の子だった。・・・
 りんが感心したのは、その後のことだ。
「そのチベットの子と中国の子が、部屋の隅で二人で話し始めたんです。まずチベットの子が、謝っていました。自分の話し方が悪かったかもしれないと。中国人がいることに対して、自分は配慮が足りなかった。『ごめんなさい』って。で、彼が言ってたのは、僕たちが要求しているのは、独立ではないんだよと。ただ、宗教の自由と、信仰の自由と、言論の自由だけだという話を、一所懸命、拙い英語でしていました。中国の子は、中国の歴史や政治について自分は今まで疑ったことがなかったと言っていた。だけど『今日初めて、何が真実かわからないということがわかった。少なくとも自分が教わったことがすべてじゃないってことを知った』って、涙を拭きながら。そうやって就寝時間を過ぎるまで、二人はずっと話し合っていたんです」
 ・・・
 ・・・でも、どちらが偉いという話じゃないと思うんですよね。ただ、育った環境によって、見えるものが違うし、考えることも違うということなんだと思うけど、・・・そういうことっておそらく、教えられることではない。全寮制で、生徒たちや先生たちが世界中から来ることの意味って、そこにあると私たちは考えています。・・・」
 ・・・
 そういう経験から、学ぶこと、感じること、そして考えることは、子どもたち一人ひとりによって違う。ただ、ひとつだけ確かなのは、すべての子どもが例外なく、自分がそれまで育ってきた環境や文化が、必ずしも唯一無二の絶対ではないという、知識としてはすでに知っていたはずの真実に、本当の意味で触れるということだ。