巻末の酒井順子さんの解説のこの文章を読んで、その通りだなーと…
・・・市井の人達が、どうしてこれほど面白いことを言ったりしたりしているのか、と私は思うのでした。
おそらく人は、佐野さんと交わることによって、自分のもっとも奥底にあるものを、さらけ出さずにはいられなくなったのではないでしょうか。特別な人でなくとも、そこから味わいや可笑しみが生まれてくる。
ではなぜ、そうなるのかと考えてみると、佐野さんは人というものを根本的に信じていたのではないか、という気がするのです。・・・
P69
雨が降っていた。
「雨が降ると、インスタントラーメンが売れるんだってね」とタクシーの運転手が言った。
「どうしてかしら」「だって俺買うもん」「あー、やもめなんですか」「女いるよ、彼女何も出来ないの。俺が帰るまでじいーっとしていて、待ってるの。買物はすることもあるんだけどね。雨降ると絶対行かないからね。インスタントラーメン買ってかなくっちゃ」「まだ日が浅いんだ」「もう六年だよ」「病気なんですか」「どっこも悪くないよ」「仕事してるんですか」「してないよ」「何してるんですか、一日中」「なーんにもしてないの。結婚したいんだけどね。いやだって言うんだよ」「へー」「ねーどう思います。年上なんだよね」「いいじゃない」「それがね。この間まで全然年上だと思わなかったんだよ。三十って言っていたからね。そんくらいに見えたのね」「六年間一緒にいるんでしょ。年なんかどうでもいいじゃない」「それがね。この間こっそり結婚しようと思って調べたらね。十八さば読んでたの」「へー。十八」「あれ結婚したがらないの、年がばれるからじゃないのかな。ねーどう思います」「すごいね。十八さば読んでもおかしくないんだったら、それでいいじゃない」「結婚したいんだよな、俺は。あ、ちょっと待っててくれます。ラーメン買って来るから」
運転手は首をすくめて、雨の中を食料品店の中にとびこんで行った。
P77
五歳の息子は、ももこちゃんが好きだった。ゆり組の男の子はみんな、ももこちゃんが好きだった。・・・
・・・
砂あそびのあと、汚れた手を洗うために水道に並んだ男の子は、ももこちゃんにわざとどんとぶつかったりする。ももこちゃんはぐにゃぐにゃ体をよじらせて、声を出さないで笑ったりする。座った時両手をスカートの上にハの字にひろげて、両手の指でスカートのはじをくねくねといじくったりもする。幼い女の子の色気というものを男の子たちは感じとるのだろうか。誰が教えたのでもなく、五歳のももこちゃんは生まれつき知っているのかもしれなかった。
なおみちゃんはこりこりとよく太って、ほとんど男の子と一緒に動きまわった。ブランコで男の子をつきとばしたりしたし、泣き出すと大声で泣きボロボロ涙を盛大に落とした。
いつか、ももこちゃんとなおみちゃんが家にあそびに来たことがあった。息子は、ももこちゃんにつきまとって、家の中をウロウロしていた。なおみちゃんはピアノの椅子に座って足をブラブラさせて、「おばさん、わたし、げんちゃんが好きなの。でも、げんちゃんはちがうみたい。でもいいの」と、とても静かな声で言った。
子どもたちが小学校に入るようになった。私はなおみちゃんのことが忘れられなかった。
・・・
子供が小学校五年になった。
団地の公園のそばを歩いていると、学校帰りの女の子が一かたまりになって歩いていた。
突然「おばさーん、げんのおばさーん」と叫ぶ女の子がいた。なおみちゃんだった。
「ああ、なおみちゃん。大きくなったね」
なおみちゃんは顔中で笑っていた。私はなおみちゃんのなつかしさをいっぱいにあふれさせている目を見て、「ああこんなに人なつっこい目をしちゃあだめなのに」と思った。
私は、保育園で同じ組の男の子のお母さんだっただけで、特別なおみちゃんと親しいわけではなかった。
「遊びにおいでよ」「うん」なおみちゃんは同じ顔をして答えた。私がなおみちゃんに会った最後だった。私は、あの人なつかしさをあふれさせたなおみちゃんの目が忘れられなかった。そしてどうしてか心が傷んだ。
・・・
ある夕方、息子が息をはずませて、玄関にとび込んできた。
「ああ、あせったぜ、あたま真っ黄色。こーんなみじかいスカートはいた女がよ〝げーん、げーんじゃない〟って来たの。誰かぜんぜんわかんなかった。誰だと思う、なおみなんだぜ」
「ふーん」
「お母さん、会ってもわかんないよ」
私は息子を母子家庭の子供にしてしまった。私の母親のエゴイズムは、息子が「あせったぜ」と息をはずませて玄関にとび込んできたことに、どこかほっとしていた。
私は、自分がほっとしたことを忘れられなかった。私は公園で「おばさーん」と手を振ったなおみちゃんを恐れたのだ。
息子たちが中学を卒業した時、息子の友だちの家で、卒業アルバムを見た。
「なおみちゃんどれ」
「これよ。あの子、卒業式に出してもらえなかったみたいよ」友だちの母親が、記念写真の右上に丸く別になっている写真を指さした。パーマをかけた強い視線の丸顔の女の子が写っていた。
私に何が出来ただろう。たまに自分の生活にさしさわりのない程度の話し相手をしたとしても、私は自分の子供すら守れなかった。
「わたし、げんちゃんが好きなの。でもげんちゃんちがうみたい。でもいいの」と静かに言ったなおみちゃんを私は好きだった。おおぜいのクラスメイトの中で、私に手を振ったなおみちゃんを私は好きだった。そして、丸いわくの中に別に写っている強い視線の、すっかり大人になってしまったなおみちゃんを私は好きなのだ。
私に何が出来たのだろうか。何もしなかった私に。・・・
P94
家に犬がいる。足がダックスフントのように短くて、土管のような胴をし、その上に柴犬の顔をのっけている。そして、困ったようにまゆを八の字に寄せて「ねェねェ私のこと好き?」と一日中人間の顔をうかがっている。
・・・
お隣が、血統書つきのビーグル犬をもらってきた。ほとんど同時に、ご主人の田舎からつがいのチャボをもらってきた。ご主人は日曜日に立派なとり小屋をつくった。
奥さんは、「不用心だから犬飼ったんだけど、私犬嫌いなの。にわとりの方がずっとかわいいの、えこひいきしちゃうのよ。みそ汁の煮干しとか何でも残りものきざんで、まずにわとりにやっちゃって、その残りを犬にやるの。だって、にわとり卵産むの楽しみだもの」
「犬より、にわとりがかわいいって変わってるね」
私は別に自分の犬を特別かわいいと思っていないのに、人がにわとりをかわいいと思うと不思議なのである。
周りが林で人家がないので、私は自分の犬を時々くさりでつながないでいた。
日曜日に、くさりでつながないで、私と息子は三浦海岸に遊びに行き夕方の六時に帰ってきた。帰ってきた時犬がくさりにつながれていたので変だなと思って、またくさりをほどいておいた。九時に電話が鳴った。
お隣の奥さんだった。「あのね、今日にわとりの散歩を庭でさせといたら、モモ子(うちの犬)がにわとり追っかけたの、それで今、一匹お宅の屋根の上にいて、もう一匹は松の木の上にのっちゃって、それから見えなくなっちゃったの。だから、モモ子くさりにつないでおいたんだけど」
私は仰天し、恐縮し、大急ぎでモモ子をくさりにつなぎ、うちの屋根を見たら、おんどりが一匹屋根にうずくまっていた。私は隣に出かけ、どうやってにわとりをつかまえようかと、見えなくなっためんどりのことを心配した。
・・・
次の日六時半に起きた。私は近眼で、朝コンタクトレンズを外しているので、すべておぼろである。犬小屋の前を見ると鮮やかなピンクの固まりがある。私は何だろうと思って、顔を思いっ切りその固まりに近づけた。鳥の羽根がちらばっていた。私は悲鳴を上げた。そして二度とそれを見られなかった。
・・・
ブルーのパジャマを着たご主人が下駄をはいて犬小屋の前に立ち、「チャボだ」と小さい声で言った。
「どうしよう」私は大声をあげたがどうしようもないのである。
スコップを持って、パジャマのまま、隣のご主人は穴を掘ってうめ、ガウンを着た奥さんがそれを立って見ていた。
「ごめん、ごめんね、どうしよう」私は叫び続けた。
奥さんの犬よりも好きなにわとりを、うちの犬が食べちゃった。たぶん、昨夜の六時にはにわとりはどっかの木に生きていたのだ。そして九時までの間につかまえて、犬小屋の中に入れていたに違いない。夜中につながれた犬の前にのこのこチャボが降りてきたとは考えられない。
「犬だもの、仕方ないわよ」奥さんは言ってくれた。
モモ子は、自分のまわりに人が集まってきたのでしっぽなんかふっている。・・・
私はこれがもとでお隣と具合が悪くなったらどうしよう。犬をくさりでつながなかった私にどう考えても非がある。私はウロウロと午前中家の中をうろつきまわり、どうお隣にあやまったらいいのかわからない。
私は思いきって電話をした。
「ねえ、お昼一緒にごはん食べない?」
「いいわよ」
「じゃ、出来たら、電話する」
私は冷蔵庫をあけて、あるものをかき集めて、大急ぎで夢中で昼ごはんを作り、テーブルに並べて、電話した。
すぐに奥さんが玄関から入ってき、入ってきた時、私はとび上がってしまった。
私は親子ドンブリを作ってしまったのである。
「どうしよう、どうしよう、ごめん、どうしよう」私はまた叫んだ。
「どうしたの」
「親子ドンブリ作っちゃった。わざとじゃないの、わざとじゃないの」
私は失神しそうだった。その時隣の奥さんは言ったのである。
「あら平気よ、わたし今朝とりのからあげ食べたわ」
モモ子は奥さんを見てうれしそうにしっぽをふっていた。そして相変わらずの八の字まゆで「ねェねェ私のこと好き?」と聞いているのである。
