下町サイキック

下町サイキック

 巻末のあとがきに、「この小説は、一見『エンタメっぽく各話にサイキックエピソードがあり、女の子とおじさんが組んで解決する推理的な楽しい読み物なのじゃよ!』というていなのですが、違うのです。実はかなり重いテーマで、生きる方法やサバイバルのノウハウの話です」とあり、まさにその通りだな・・・と思いました。

 

P66

「あの人がこれから生きる道のことを考えると、気持ちがぐっと重くなるんだけれど、お祈りとか、してあげたほうがいいの?」

 私は言った。

「それは、キヨカちゃんが考えるべきことではない。違う道、違う景色のことは、考えてもしかたがない。どうしたって丸ごと入り込めるわけではないから。」

 明子おばあちゃんは言った。

「冷たくない?」

 私は言った。

「冷たくない。むしろ、その人はこうなったほうが幸せって考える方がきっと冷たい。うまくは言えないけれど。まだ『憎たらしい、大嫌い』のほうがきっといい。人間関係、そういうことってあるんだよ。」

 明子おばあちゃんは言った。

 母は黙っていたが、口を開いた。

「私は、キヨカがあの女の人に会うってだけで気持ち悪い。だからきっとそれで合ってる。この気持ちでいいんだって素直に思うわ。死んじまえとまではもちろん思わないけどね、あの人のこと。もちろん彼のことも。」

 私には今はまだわからない、その違いも、どちらが優しくて冷たいのかも。

 ただ、縁がありそうでない人なんだ、とあの人のことを思った。一瞬落ちた穴みたいな人だった。

 

P219

「立ち直れとか、元気出せとか、新しい自分だけの人生を歩めとか、そういうのはあらゆる大人から聞いたけど、全然ぴんとこなくて。

 このままでいいって思ってるからこそ、見えてくる形がある。だって僕たち、信じられないくらい幸せだったんだよ。毎日がきらきらしていて、天国に暮らしてるみたいだった。一生残る、信じるものをくれたことがいちばんの教育だと思う。もちろん、『僕も連れてってくれ、そっちに』と願わない日はなかったけど。

 彼らが僕に触れるときは毎瞬、花が咲くような感じがした。いつもいつも大切なものを見る目で僕を見てた。その景色は一生僕の中から消えない。彼らの目の中にあったものをどこの誰だって奪うことができない。それだけが僕の持ってるもの。土地とかは二の次。」

「なんでそんな珍しい人生になっちゃったんだろうね。」

 私は言った。

「悲しい人生って、言われなかっただけ安心。おっと。」

 そう言って、国人くんは私の前に飛んできたなんだかわからない黒い影を、蚊を叩くみたいに、シャボン玉をつぶすみたいにパチンと叩いた。

 黒い影は霧散し、私は目を丸くして国人くんに聞いた。

「私も見えた。国人くんにもなんか見えたの?暗闇の中からふわふわっと、なんか飛んできたの。」

 たいていの場合、そういうものは道に普通にあるので、そして家までくっついてきたりするのだが、家の玄関の鈴の音が鳴るときフッといなくなったり、風呂に入ったら消えたり、日光に当たると溶けたりするので、あまり気にもしなくなっていた。

「見えたっていうか、反射的に。蚊みたいに。」

 彼は涼しい感じで言った。

「うわあ、すごい。今度大物にくっついてこられたら、国人くんにパチンってしてもらえばいいんだ。」

 私は言った。

「大物は自信がないなあ。」

 国人くんは笑いながら言った。

 

P222

「友おじさん、異性を助けたくて助けたくてしかたないっていうのは、初恋だと思う?」

 私は言った。

「そう言ってる時点で初恋じゃあないと思うけど。」

 あっさりと友おじさんは言った。

「キヨカちゃんってなんかちょっとそういう頭でっかちなところがあるよね。あの、犬の男の子でしょ?ちょっと待ってよ、ちっとも吊り目のツンデレじゃないじゃん。むしろ天使じゃん、あの子。あの子なら、僕も仲良くなりたいよ。力が抜けてるからね、生きてることに。きつい体験をするってきっとそういうことなんだね。ひとめでそれだけはわかったよ。あの子、ある意味俺よりも大人かもしれない。でもどこかうんと小さい子みたいな感じもして。」