子どもが心配 人として大事な三つの力

子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)

 養老孟司さんと、「ケーキの切れない非行少年たち」の著者である宮口幸治さん・小児科医の高橋孝雄さん・国産初のMRIを開発された小泉英明さん・自由学園学園長の高橋和也さんの対談本を読みました。

 

P53

―勉強への意欲をいかに引き出すか、というテーマについて取り上げたく思います。『ケーキの切れない非行少年たち』のなかに、非行少年が人に頼られることでやる気を出した、というようなエピソードが紹介されていましたが、詳しく教えていただけないでしょうか。

宮口 はい、私も医療少年院に勤めた最初のうちは、トレーニングを通していろんなことを教えよう、教えようとがんばりました。ところが少年たちは、まったく興味を示さない。自己評価が低いこともあって、「どうせできない。やってもムダ」とばかりに何もやろうとしないのです。やる気のかけらも感じられませんでした。

 しばらく続けましたが、なかなかうまくいかず、「やっぱりムリかな」と指導するのがイヤになってきました。あるとき、もう投げやりになってしまって、文句ばかり言ってくる子どもに「では替わりにやってくれ」と、少年を教壇に立たせてみました。

 何かを期待していたわけではありません。教える人間の苦労を体験させようと思っただけです。ところが驚いたことに、少年たちが次々と「自分にやらせて」「自分が教える」と先を争うように教壇に出てきたのです。

 そうして教え合うことで、競争意識が芽生えたのでしょうか。みんな、がぜんやる気を出して、真剣に、生き生きとトレーニングに参加するようになりました。

 このことから私自身が学んだのは、「人が一番幸せを感じるのは、人の役に立つことなんだ」ということです。非行少年に限らず、人は誰かに何かをやってもらうより、自分が助けてあげることに喜びを感じるのだと思います。

 このことがあって以来、何かあったら、「教える」のではなく「とにかくさせてみる」ことをモットーとしています。・・・

 

P179

養老 ・・・先ほど、自由学園は「子どもたちが自分の頭で考えることのできる人になる」ことを願っているというお話がありましたが、システムがきちんとしてきた世の中だからこそ、それは重視しなくてはいけないことですね。

高橋 本当にその通りですね。自由学園には「不便が人を教育する」という言葉があります。私たちが創立以来大事にしているのは「自治」、つまり「自分たちのことは自分たちでやりましょう」ということです。と同時に、自治を実践する、その権利を行使するには、「自ら労働する」ことが必要だと教えています。これを自由学園独自の言葉で「自労」と表現しています。合わせて、先ほど述べた「自労自治」ですね。

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高橋 ・・・自由学園の恒例の行事に保護者を招き体操を披露する「体操会」というのがありまして、伝統的に男子の中高生は「上半身裸で下は短パン」というスタイルで行われてきました。ところが数年前に生徒のなかからこの伝統に対する疑問の声が上がったんです。

 生徒たちはどう対処するだろうと見ていたら、リーダーたちが「強制するのは良くない」と言って、個人の自由裁量に任せることにしました。「裸になってもいいし、裸にならなくてもいい」と。

 そんなふうにルールを変えた最初の年、裸になりたくない生徒は一人だけでした。自分以外はみんな裸ですから、それはそれで恥ずかしい。その気持ちを察したのでしょう、檀上で号令を発するリーダーが「よし、自分も服を着る」と決めました。見事な対応でした。

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 つい先ごろ、この体操会をめぐって、生徒たちの〝考え実行する力〟が発揮された出来事がありました。二〇二〇年はコロナ禍で開催が叶わず、翌二〇二一年も非常に難しい状況にあって、学校としては「保護者に来ていただくことはできないから、生徒だけでプログラムを厳選してやりましょう」という考えでした。

 ところが感染状況が急激に改善に向かい始めたこともあり、男子部、女子部、大学部の各二名、計六名のリーダーたちが「自分たちで安全なやり方を考えるから、ぜひ保護者の方をお招きしたい」と言ってきたのです。・・・

 彼らは国立感染研究所の方にお話をうかがったり、会場の芝生の面積を測定したり、正門から会場までにかかる時間などを計ったり、さまざまな視点から「どうすれば密にならずに保護者に観覧してもらえるか」を考えるなど、ベストな感染対策を徹底的に追求しました。

 最終的に、彼らは「一〇〇〇人は入れる」と言ってきたんですね。私はびっくりして「一気に一〇〇〇人はさすがに多すぎるだろう」と言ったのですが、リーダーは「でも、二度実証実験をしました」と。生徒を動員して実地でシミュレーションを行い確認した結果なのです。その熱意と実証を踏まえ、生徒に任せることにしました。・・・

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自由学園には、人とつながることに対して「うっとうしい」「イヤだ」と思う生徒はいないのでしょうか。

高橋 もちろん、一人でいることを好む生徒もいますし、誰もがそう思うことがあると思います。常に「みんながいっしょに行動するのはいいことだ」というのが前提になっていると、同調圧力のなかで苦しむことになります。

 そういったことを踏まえて、「一人ひとりがみんなのなかで自分らしくあるというのはどういうことか」「自分の自由とみんなの自由はどのように両立できるのか」を常にみんなで問い直す必要がある。生徒たちはことあるごとにこの問題にぶつかり、そのたびに話し合いを行っています。私もこれを大切な課題と捉えています。