お家の素敵な写真とともに、それぞれの暮らしや思いが綴られた本。
心地よく読みました。
P4
暮らしは二人以上になると
一人のときより生活の色が濃くなって
ささいなことが自分の思い通りにいかなかったり
いろんな葛藤やあきらめが出てきたりする。
それでもなんとか折り合いをつけていく過程に
物語が生まれ、家の個性も生まれてくる。
そんな視点から家を見つめた本を作りたいと思った。
まずはわたしの家、
それから順番に友人の家を訪ねていった。
一軒家もマンションも、新築も中古も
持ち家も借家も、都心も地方の家もある十軒。
自分の家を見渡し、友人の家を見せてもらう中で
つくづく住み手によって違う味わいがあり
家の数だけ物語があることを実感した。
「家を見ると人がわかる」
本当にその通りだと、今あらためて感じている。
P21
私の仕事部屋はキッチンの隣で、広さは四畳半。パソコンとプリンター、資料やファイルもたくさんあるから、ここにインテリアを持ち込む余地はほとんどない気がしていた。ところがある日、遊びに来た姉から「この家は、仕事部屋やキッチンの窓の古臭さが惜しいよね」と言われて、ハッとした。
たしかに両方ともリフォームせずに既存のまま使っている場所で、野暮ったい茶色のサッシと外側の柵は自分でも気に入っていなかった。そこで思いきってペンキで白く塗り、カーテンレールを白っぽいポールに替えてみたら、それだけでぐっと明るい印象になった。考えてみれば、光を取り込む窓というのは無意識に視線が向く場所。そこがくすんだ茶色なのか白なのかで、部屋の雰囲気も自分の気分もずいぶん違ってくる。
勢いづいて、壁だってもっと活用しなくちゃ、という気になり、釘を打って夫のイラストの額を飾ったり、棚を取り付けたりし始めた。キッチンには料理の絵、仕事場にはタイプライターの絵というように、場所のテーマにあわせて絵を飾るのは、部屋の表情が一瞬で変わって、すごく楽しい。
「家って面白い」と感じるのはまさにこういうときで、今まであきらめたり、やり過ごしていたことを見直し、ほんの少しでも手を加えてみると、そのたびに家が活気づいていくのがわかる。DIYなんてレベルまでいかなくても、視点を少し切り替えてみるだけで、家は変わるのだ。
P65
本間陽子さんは、生まれ育った家の敷地に白い箱型の小さな家を建て、その中で週末だけのカフェ「ハシゴ」を営みながら暮らしている。家族は夫の修司さんと、二〇二一年十二月に生まれた娘。母屋には両親と祖母が住む。
・・・
店を週末しか開けないのは、平日は、修司さんは会社に勤め、陽子さんは一人でジャムやお菓子の仕込みに忙しいからだ。ジャムに使う果物は、店の前に広がる実家の広大な畑で採れるもので、陽子さんのお父さんが張り切って栽培をしてくれている。
「いつかは自分の店を持つことを目標に、大阪や浜松のカフェやレストランで働いていたのですが、家の都合で実家に戻ってくることになったんです。家賃の高い都会より、ここなら早く店が持てる。とはいえ、こんな田舎でやったところでお客さんなんてくるのか、不安でした。でも、昔勤めていたカフェのオーナーが、『本物を作っていれば、どんな場所でも人は来る』と言っていたのを思い出して、とにかく自分のやりたいかたちで始めてみることにしたんです」
・・・
店も住居も、どのコーナーを見ても「こざっぱり」という印象に貫かれている本間邸には、単純にものが少ないというだけではない、美学のような気配が漂っている。その正体を、陽子さんはこう明かしてくれた。
「空間でも持ち物でも、たぶん生き方においても、なんでも『すぎないこと』を心がけているんです。持ちすぎない、やりすぎない、考えすぎない、というように。十年ほど前、仕事のことで悩んでいるときに偶然見たテレビのドキュメンタリーで、ある職人の方が『なんでも、すぎないようにしていれば生きやすくなる』と話していて、それを聞いてすごくラクになったんですね。以来、迷ったらいつでもこの言葉に立ち戻るようにしています」