この辺りも興味深く読みました。
P97
養老 そもそも、汎用AIを議論する前に、「意識って何なの?」と。エネルギーなのか、それとも電気なのか、磁気なのか、引力なのか。未だに何だかわかっていないんですよ。科学上の定義がないんだから。意識とは、基本的に物理で定義できる概念ではなく、物理学そのものが存在する場なんです。意識がなきゃ物理なんて誰もやらないんだから。
意識とは何ぞや、という点を問わずに意識の問題を扱う。それは危ないと僕は思う。僕らは普段、顕微鏡を使っていますから、よくわかるんですが、顕微鏡で全部のものが見えるわけではなく、見える範囲に限度がある。顕微鏡の性能を知らないと、見えているものが正しいか正しくないかすらわからないんですよ。・・・だから、科学を推し進める場合に、まず扱うものがわかっているというのが大前提ですよ。じゃないと、錯覚が見抜けない。・・・
P164
養老 郡司くん(郡司ペギオ幸夫)という理学者がいてね、知能には三つあると言うんだ。「人工知能」と「自然知能」と「天然知能」の三つ。それで、『天然知能』(講談社選書メチエ)という本を書いている。「今こそ天然知能を解放しよう!」と言っている。人工知能の対比としての人間の知能なんかを、「自然知能」と言うのはわかる。で、天然知能とは何かというと、一言でいうのは難しい(笑)。郡司くんは、「外部を招喚する」という言い方をするんだけど、要するに話の筋から外れたもの、「文脈」と彼は表現するんだけど、そういう文脈から外れた「徹底した外部」をそのまま受け止めていくっていう。その「外部」にあたる知能が「天然知能」ですね。郡司くんは、「考えるな、感じろ!」というブルース・リーの言葉を引いている。「人工知能と対立するんんじゃなくて、想像もつかない『外部』と邂逅しよう」と、言っていますね。
そういう意味で、虫は「天然知能」ですから、感じることだらけですよ。存在自体が本当に不思議なんですよね。「何を考えてるんだろう、こいつら」って、見ていて飽きない。
あと、郡司くんは、「世界は天然知能」とも言っている。これは意識の起源とも関係があって、意識の起源というのは、実はよくわからない。ただ、一種の汎神論のように、世界にもともと内在されているという考え方があります。・・・世界はひとりでに人を生み出し、人の意識を生み出し、それがコンピュータを生み出している。その一連の流れというのが天然知能の賜物なんだと。
・・・
哲学も、科学と密接に関係してきますよね。哲学者で意識の研究をしている人もいるものね。実験室に入って「私」というものを研究している人。あれは、意外に面白かった。彼は「自分なんて空っぽのトンネルだ」って言って。
岡本 メッツィンガーですね。問題となるのは、その空っぽの「トンネル」をどう理解するかということですね。
養老 僕は、その空っぽを肯定的に捉えて、「ナビの矢印だよ」って言うんです。ナビって矢印がないと使えないんだよと。地図上の現在位置を示す矢印です。じゃ、矢印の中に何かがあるかといったら、ないんですよ。でも、矢印があればいいんです。矢印があれば、役に立つでしょ?自分がどこにいるかがわかるんです。矢印がないとわからない。矢印の中に何があるのかと、一生懸命考えても、何もないんだ。僕はそう思っていたから、メッツィンガーが言う「トンネルだ」というのが、よくわかりましたよ。
岡本 ナビの矢印ですね。とても面白いです。メッツィンガーだけを読んでいても、思いつきませんでした(笑)。
養老 現在地の矢印、大事ですよ。だって、昔困ったことがあるんだもの。田舎へ虫を捕りに行くでしょう。すると、田舎にね、ちゃんと絵図があったんですよ。今みたいにグーグルマップがない時代だから。その絵図には山が描いてあって、村役場が描いてある。だけどね、肝心な看板の位置、つまり現在地が書いてないの。だから、アウトなんです。「それで、一体俺は、どこにいるんだよ!」って。