記憶がウソをつく

記憶がウソをつく!

 養老孟司さんと古舘伊知郎さんの対談、面白く読みました。

 

P82

古舘 先生が書かれた本の一節にあった覚えがあるんですが、我々は起きてから、こんな怖い夢を見たとかこんな楽しい夢を見たとか言ってるけど、それは信用ならない。起きた瞬間からアレンジし始めるっていうのがありましたね。

 

養老 そうそう、ストーリーにした瞬間に、それは意識が作ってるんです。そういうふうに夢を見たという証拠は何もないんですね。臨死体験も、夢も、みんな同じです。・・・

 ・・・

 それは意識のあるときもそうで、結局、語るためには物語にしなきゃいけない。物語にするということは、あとから時間的順序をちゃんと付けているということです。だから、もともと頭の中で物事が時間的順序に従って動いているという証拠はないという、むしろ逆のことを示していますね。

 たとえばそれは数学の問題を解いてみるとわかります。一生懸命考えていると、あるとき解けるんですよ、あっ、解けたと。それから証明を書くんですね。「こうすると、こうなるから、こうだろう、だから、こうなって、こうだろう……ほら解けた」と。実際にはそんなことをやる前に解けている。「あ、わかった」っていうのは、先に来るんですよ。これは、やった人はよく知っているはずです。

 

P118

古館 そう言えば、前に本で読んだんですけど、一八〇〇年代後半くらいの、アメリカで新聞記者をやっていた人で、すごい記憶力をもっていたという話があります。それこそどうでもいいような、たまたま目にした数字の羅列なんかを一生忘れなくなるんですよ。・・・そのうちだんだん評判になってきて、アメリカからヨーロッパに渡ってショーを見せて回るようになった。それはすごいですよ。だって、四十五桁の数字をバーンと模造紙かなんかに客に書かせて、三十分後に全部そらで言えるわけですから。そうやって各地を巡回して、一年後に同じ町に学者と一緒にやって来て、また興行をやるわけですよ。そうすると、一年前の客が一年前の模造紙を持って来てて、みんなの前で掲げて見せるんです。それで言ってくれって言うと、全部再現するんです。チェックしていくとぴったり合う。結局その本人もだんだん嫌になっちゃって、疲れちゃってね。全部資料を燃やすんですよ。もう、忘れたくて、忘れたくて。でも忘れられないんです。

 

養老 実在の人ですか。

 

古館 ええ、実在です。そうこうしているうちに、もっとすごいことになってきて、たとえば昨日会った人からその男に電話がかかってくる。それで、「昨日はどうもお疲れさまでした」みたいなことを言う。すると、「あなた、どちら様ですか」ってなっちゃう。「どちら様も何も、昨日会った誰々です」って言うと、「いいや、昨日会った方とあなたは違います」って電話を切られる。どういうことかというと、極端に言うと一日たっているだけで、その男にとってはもう声が違うわけですよ。人の声なんて、そのときどきで若干の違いが出るじゃないですか。でも、それはもうエラーになっちゃうんです、コンピュータでいえば……。認識しないんです。昨日のその人の声そのものを完全に記憶しちゃってるから。で、ついに最後はおかしくなっちゃったっていうんです。

 

養老 ほお、すごいねぇ。 

 

古館 ・・・最初の取っかかりは数字を全部覚えて忘れないというところから始まったんですが、放っておくと、脳はすごいことになるんだなって思いました。

 ・・・

 よく忘れることも才能のひとつだって言いますが、あれは本当なんでしょうね。