AIの壁 人間の知性を問いなおす

AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)

 養老孟司さんと、四人の方との対談集。興味深く読みました。

 

P35

養老 案外、人のおおもとに立ち返れ、ということかもしれないよ。僕ね、AIが人の暮らしに入ってきて、面白いと思うのは、こういう時代になって初めて、「人が生きるとはどういうことか」と、みんなが考え始めたこと。人間の課題が、古代からある普遍的なテーマに戻ってきている。

羽生 むしろAIの時代だからこそ、哲学が必要だと。

養老 ちょっと滑稽な感じもありますけどね。「ブラック企業」というキーワードもそう。あれも、「仕事も、適度にね」「仕事は人生じゃないんだよ」ということが普通になったから出てきた言葉でしょう。当ったり前のことを、わざわざいろいろ考えなきゃいけない時代とも言えますね。

羽生 例えば、アルファ碁は機械学習で三〇〇〇万局ぐらい練習しているんです。人間が一生、一生懸命やり続けても一〇万局ぐらいですからね。AIと人間とでは、時間の観念が違い過ぎる……。まあ、AIに、時間という観念はないですが(笑)。

 そういう根本のところからまるで違うものが出てきたときに、圧倒されているだけではなく、逆に、人とは何なのかということを考えてみるのは大事なことですね。だって、仮にAI側から「人間は、限られた時間の中で何をやろうとしているんだ?」という視線で眺めてみたら、ちょっと違った景色が見えてきます。実は、今はそういうことが問われているのでは、と思います。

 

P63

養老 ・・・そもそも何をもって創造性というか。そこですよ。僕からすれば、新しい発見とは、多分「自分に関する発見」なんですよ。世間の評価なんてどうでもいい。自分が今まで知らなかったことがある。そして、自分の中でそれがわかった、その瞬間にとんでもなく「あっ!」と思うわけです。アルキメデスが風呂の中で考えて、「浮力」についてひらめいた瞬間に裸でシラクサの町を走ったという話がありますね。それはもう、大発見だったわけです。それでノーベル賞をもらえるとか、そういう話じゃない。・・・ものすごくうれしくて、飛び上がる。それが発見ですよね。発見にはそういう喜びがあって、それが本来の創造でしょ?発見と同時に、自分が変わっていく喜びがあるのが人間なんです。

 ・・・

羽生 なるほど。ところで、そうした発見を伴う「創造」は、どういう仕組みで生まれてくるものなんでしょうね?何もないところからポンッと新しい何かを生み出すという。やはり何か、今まで生きてきた積み上げの中から出ているわけですよね。

養老 頭の中で何か回路が抜けるんですよ。ポーンと。だから、その前の自分とその後の自分がまったく違っちゃってる。頭の中で、実際にシナプスのつながりが変化しているんじゃないですか。

 ・・・

 アルキメデスは極端な場合だったかもしれないけれど、僕らは小さい発見をしょっちゅう繰り返しているじゃないですか。「目からうろこ」というあの感覚が、まさに発見の一つだし、あれこそが創造性だと思う。・・・

 ・・・

羽生 馬の上やトイレの中なんていう話もありますけれど、要するに、何にもしていないときや、ぼんやりしているときに、そういうものが生まれることが多い。ぼんやりしているときに、脳の中では何が起こっているんでしょうね。

養老 本人はぼんやりしていると言うんだけども、そのことについて論理的に、段階を追って考えるようなことはしてない。だから、何て言うんだろうな。宙ぶらりんの状態に置いているというか。そうすると、脳みその方が勝手に動くんですよ。脳みそって普段、勝手に動いてるんで。

 ・・・

 羽生さんがいい手をひらめく瞬間はどうですか?対局中にぼんやりしてる?(笑)

羽生 ぼんやりしているときもありますが、こうだったと分析するのは、すべて後付けになっちゃう。その瞬間は、自分でも、「今、ちゃんと考えているのか、ぼんやりしているのか」という意識がないんですね。だから本当のところはよくわからないというのが、正確な答えなんでしょうね。

 あと、本当に集中しているときは、時間の観念がなくなるんです。だから、記憶が鮮明なときは、まだあまりちゃんと集中していないという(笑)。時間の観念もないし記憶もない。それが、いい集中をしているときであり、アイデアもひらめくときなんですよね。

 ただ、四六時中そんな状態ではいられないですよ。人間って、四六時中発見をするようにはデザインされていないでしょうし(笑)。