お骨が喜んでいる

世間とズレちゃうのはしょうがない

 お二人の会話から、いろんな刺激をもらえました。

 

P51

伊集院 さきほど「言葉というものを信じない」とおっしゃいましたけど、じゃあ、言葉で書かれた科学論文についてはどうでしょう?

 

養老 本音を言うと、そういう「理論」をバカにしてるわけですよ。

 ・・・

 そりゃそうですよ。そんなもの、本気になって信じるかよ、というのがどこかにあるんですよ。

 ・・・

 ・・・だから脳みその話に興味があるのは、そんな理屈を言ったって、それを考えているのはおまえの脳みそだろうが、とそこへ戻るんですよ。

 脳みそをいじったら、いっぺんに変わるだろ、ということです。「科学的に証明されたから正しい」と思っているのは、科学者の意識でしかないわけでしょ。意識っていったん寝たら、なくなってしまうようなものですよ。しかも意識は自分で出たり引っ込んだりしているわけじゃなくて、睡眠とかアルコールで、いわば「あなた任せ」で現れたり消えたりしているんです。

 ・・・

 一九九六年に❝The End of Science❞(邦訳『科学の終焉』竹内薫訳、徳間書店)という本が出たんだけど、ジョン・ホーガンというジャーナリストがノーベル賞をもらった世界中の有名な科学者たちに会って、「科学は世界を解明するか」という簡単な質問をしているんです。結局、答えの九割九分「解明するわけねえだろ」(笑)。

「科学が進歩すれば、世界がだんだん解明されていく」ことが一応建前じゃないですか。でもやっている本人たちは信用していないことが分かるわけ。要するに科学が完全に煮詰まっている。だから「科学の終焉」なんですよ。

 

P135

伊集院 突然ですけど、先生って驚くことはあるんですか?

 

養老 驚いた経験というと、解剖を終えて、遺族にお骨を返しに行くときのことですね。

 東大の赤門を出たんですよ。白木の箱に収めた骨壺の中にお骨が入ってるんだよ。そのお骨が突然、動き出してガタガタガタガタ。はっと立ち止まるわけですよ。僕が揺すったわけじゃないから。それでまず何を思ったかというと、「このお骨は泣いてるのかな、笑ってるのかな」。

 お骨を遺族に返しに行くと分かるんだけど、歓迎されるお骨と歓迎されないお骨があるんですよ。・・・

 ・・・だから「泣いてるのかな、笑ってるのかな」と思ったんです。つまり帰りたいのか、帰りたくないのか。返しに行く前、町田に住むご遺族に電話したんです。品のいい年配の女性が出られて「近くまで来たら孫が迎えに行きますから」と言われたので、このお骨は旦那さんだなと思いました。・・・「お骨は笑ったに違いない」と思って。

 それで、お孫さんが迎えにきてくれてお宅に伺ったら、実はお骨はその女性の息子さんのものだと分かったんですよ。「息子は生まれたときから障害があって、ずっとお国のお世話になるしかなかったので、せめて死んでからはお役に立てればと、本人の遺言で献体したんです」と言われました。

 ずっとお母さんが息子さんの面倒を見ていて、その献体のときが母親から離れた最初で最後だったそうです。

 解剖するのに一年間ほどこちらでお預かりしたから、一年経って久しぶりに自宅に帰ることができる。「ああ、あれはうれしくて笑ったに違いない」と思いました。最初はびっくりしましたよ。

 

伊集院 すごくいい話ですね。……でもちょっと待ってください。解剖学をやりながら「このお骨は笑ってる」という感覚って同居できるんですか?

 

養老 そこにはもう一つ解釈があって、お骨が共振するということなんですね。音叉の論理ですよ。同じ音叉を並べておいて、こっちを叩いたらあっちが勝手に鳴りだすでしょ。あれですよ。大型トラックがそばの道路を通って、お骨が固有振動を起こした、と。

 

伊集院 そっちは分かります。そっちはさも先生が話されるような内容だと思います(笑)。でも「お骨が喜んで笑っている」ということと、この骨はカルシウムでできている物質だみたいなことは両立するんでしょうか。

 

養老 そうですね。それが両立するようになったんです。

 

伊集院 なぜですか⁉

 

養老 だって、お互いに排除するわけじゃないですからね。

 

伊集院 僕は、まさにお互いが排除するんだと思い込んでるんですけど。

 

養老 僕からいうと、それは逆に理屈っぽいんだよ。

 

伊集院 まさかこっちが……高校中退のお笑い芸人が学者に理屈っぽいって言われるとは……(笑)。これは同居できるものなんですね。

 

養老 できますよ。状況によって、どっちを取るかというだけです。今の話をトラックの振動とお骨が共振して……という話だと、おもしろくもおかしくもなくなっちゃう。

 

伊集院 おもしろくなくなっちゃうって、まさにこっちのジャンルの話じゃないですか(笑)。両方成立してしまうとうい解剖学の先生がいる⁉抵抗はありませんか?

 

養老 幽霊っているんだよね。だっていなきゃ言葉にならないでしょ。頭の中にいるんですよ。それは間違いない。だから世界中にいますよ。

「外にいる」と言いだすから変なことになるわけです。頭の中には間違いなくいるだろうという話。・・・