脳が予測した現実を見ている?

情報環世界

 外部からの情報よりも、脳からの予測モデルが先にくるとは、すごい仕組みだなと思うとともに、だから思い込むと見えないのか・・・と。

 

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 目やその他の感覚器官からの情報を受け取る前に、脳は独自の現実を生み出す。(デイヴィッド・イーグルマン『あなたの脳のはなし』)

 

 〝わかる〟プロセスにおいて、脳ではいったい何が起きているのでしょうか?このことに関するとても興味深い話があるので紹介します。

 例えば私たちが何かを見ている時、目という感覚器官から入ってきた情報が脳に伝わる一方通行の視覚モデルをイメージしますが、『あなたの脳のはなし』によれば、それは間違っていると言うのです。目から新しい情報が入ってきたとき、目から視床という脳部位に信号が入力されるよりも前に、脳は独自の現実を予測モデルとしてつくりだし、その予測モデルが視覚皮質から視床にむけて出力されているのだそうです。視床は目が報告しているものと予測モデルの「差異」(予測されなかった部分もしくは予測が間違っていた部分)だけを視覚皮質に送り返し、目が報告しているものと予測モデルに齟齬がない場合、目からの情報はほとんど脳へ送られていないのだとか。私たちは、普段外から入ってくる情報を受け取りながら考え行動しているようでいて、実際には多くの時間、まさに脳が見立てた環世界を生きているというわけです。

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 ・・・『あなたの脳のはなし』では、脳が作り出す予測モデルについて真っ暗な独房に入れられた囚人が幻覚を見る例が挙げられています。何も見えていないはずなのに多くの囚人がいろいろなイメージが見えると報告するのだと。しかし、そういった特殊な例を挙げずとも、私たちが寝ている間に見る「夢」も、まさに脳が見立てた予測モデルを見ている状態と言えるのではないでしょうか?この研究会のメンバーである小倉ヒラクさんが、明晰夢が見られるようになっても(自分は大人なのに)小学校時代の友達が小学生のまま目の前に現れていることを夢の中で突っ込めなかった、という話をしてくれましたが、夢の中は予測モデルのエラーをチェックするための外部からの情報がないので、荒唐無稽なことが起きてもその状況に突っ込みを入れることができないのかもしれません。

 つまるところ、〝わかる〟とは、脳の予測モデルと感覚器を通して外から受け取る情報に齟齬がない状態に至ることであり、思考停止でいられる=環世界に閉じていられる幸せな状態に至ることである。そして、予測と外からの情報に齟齬がおきて、それまでの環世界からの飛躍を余儀なくされることが「考え(させられ)る」ことであるということができそうです。

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 〝わかった〟には新しい環世界を手に入れた快感がある。だけど本当はその先にまだまだ〝わからない〟があるはず。〝わかった〟と思ったらそこで思考停止してしまうことにもなるのです。今後、人工知能が進化し(すでに囲碁や将棋で起きているように)人間の理解を超えた判断を下すようになるポストヒューマンの時代になっても、〝わかる〟や〝つくる〟という体験や感覚のもたらす価値は変わらないのではないでしょうか?そうやって世の中の複雑さが増せば増すほど、安易な〝わかった〟に飛びつくのではなく、〝わからなさ〟にじっくり向き合う態度がより求められるのではないでしょうか。