人間の未来 AIの未来

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 山中伸弥さんと羽生善治さんの対談、面白かったです。

 

P128

山中 ・・・将棋を指す際、棋士の頭の中ではどんなことが起こっているんですか?

 

羽生 対局するときに、棋士は最初に「直感」を使います。将棋は一つの局面で平均八十通りの指し手があり、これまでの経験から、直感で急所、要点と思われる二、三手に絞ります。

 

山中 八十通りもあるんですか。

 

羽生 はい、直感といってもヤマ勘みたいなものではなく、いわば経験や学習の集大成が瞬間的に表れたものですね。だから、直感は一つずつ論理的に詰めていけば間違いは少ないのですが、逆に論理を誤れば、正しい結論にたどり着けないことがあります。

「直感」の次に「読み」に入ります。・・・ここでロジックだけで先を読もうとすると、すぐに「数の爆発」という問題にぶつかります。一手三通りずつ読んだとしても、十手先には三の十乗の六万通り近くになります。最初の直感でほとんどの選択肢を捨てているにもかかわらず、十手先にはもうこれだけの可能性を考えなくてはならなくなります。

 実戦では十手先はほぼ予測できません。・・・

 三番目に「大局観」を使います。「桂馬を動かす」といった具体的な一手ではなく、最初から現在までの流れを総括し、先の戦略を考えるわけです。

 読みというのは、基本的に論理的な積み重ねの地道な作業ですが、大局観は勘とか感性みたいなものです。「ここは守りに徹する」という大局観があれば、守る選択肢だけに集中して考えればいいわけなので、無駄な思考を省くことができます。

 

山中 直感、読み、大局観の三つを使って考える。棋士の年齢によって、その比重というか割合が変わっていくわけですか。

 

羽生 そうです。記憶力、計算力、瞬発力が強い十代から二十代の前半ごろまでは読みが中心です。年齢が上がって三十歳を過ぎてくると、経験値を積む中で直感や大局観といった感覚的なものを重視する傾向があります。

 ・・・

 大局観は年齢とともに精度が上がってきて、一目その場面を見て指し手が判断できるようになると楽ですね。でも地道な読みや、きめ細かな詰めがおろそかになってしまうと、最後の決断のところの精度が鈍くなってしまうことはありますね。

 

山中 面白いですね。生き方がそのまま戦い方に表れているような感じがします。

 

羽生 実は年齢が上がると多くなってくるのは、ケアレスミスです。技術的な力はそうそう衰えないんですが、ときどき空白の時間ができてしまいます。つい指してしまって、それがミスにつながるんです。

 ただ、難しい局面のときに、その難局を抜けだす方法は、若いころより今のほうが間違いなくたくさん浮かびます。だから、ある一定のところ以上まで来ると、そこから進歩しているかどうかわからなくなるところがありますね。

 ・・・

山中 そうすると、若い世代と対局していると、やっぱり何か感覚が違いますか。

 

羽生 そうですね。対局をしていると、ジェネレーション・ギャップを強く感じます。・・・自分が予想もしてなかった、考えてもみなかった手を指されて、なかなか対応できないケースもあります。

 ・・・

 ・・・持っている知識量は歳を取っている人のほうがたくさんあるんでしょうけれど、若い人は本能的に「これはだめ」とか「これは使えない」というものを何のためらいや先入観もなく、ばっさりと切り捨てることができます。そこから新しいアイデアを思いつけるのではないか。

 将棋の世界は「いかに得るか」よりも「いかに捨てるか」「いかに忘れるか」のほうが大事になってきます。たとえば自分がすごく時間をかけて勉強したものを捨てることはなかなかできないんですよ。

 でも変化の激しい時代ですから、十五年前くらいに研究していた型も、今はまったく何の役にも立ちません。それをむしろ、ためらいなくどんどん捨てていかないと、時代についていけなくなると感じています。そういう意味では、「思い入れを捨てる」ことが非常に大事なのかなと思いますね。

 

山中 それが意外と難しい(笑)。

 

羽生 これは将棋が強くなるためにいちばん大事なことは何か、ということでもあります。いろいろな手筋を覚えて増やすことも必要ですが、最も重要なのは「ダメな手がわかること」だと思います。・・・