加藤一二三さんの感覚

天才の考え方 (単行本)

 加藤一二三さんが長く現役を続けられたことについて、人並外れた集中力や考え方が興味深かったです。

 

P102

渡辺 ・・・先生は家で終わった将棋を振り返るとおっしゃいましたが、そういうとき、一時間くらいは研究を続けられるんですか?

 

加藤 研究となったら、三、四時間はOK。

 

渡辺 三、四時間、ぶっ通しで研究を続けられるんですか。それは集中力が相当あるほうだと思います。

 

加藤 そうかもしれませんね。普通にいって二時間ぐらいはしょっちゅうです。

 ・・・

渡辺 二時間、ただ研究だけに没頭しているというのは、私も含めて、いまの棋士にはなかなかできないことだと思います。その集中力が先生の武器なんでしょうね。

 年齢的なこともお尋ねしたかったんです。加藤先生は六十過ぎまでA級にいらしたじゃないですか・・・そのあいだに集中力であったり体力的な部分であったり、どこかに衰えのようなものが出てきていると意識することはなかったんですか?

 

加藤 いや、率直に言って、それはないんですよ。ぼくは二年前まで現役で頑張ってましたけれども、名人にもなっていた人間が最後まで戦い抜いた理由は二つありました。一つは、C級2組にいても、名人戦以外は、勝てばタイトルを取れるということ・・・だからCの2からでも日本一になる可能性は常にあったわけです。

 もう一つは、妻が、そろそろ辞めたらどうか、というようなことを一回も言わなかったから。それで戦い続けられたんです。ぼくの場合はとにかく将棋が好きですから。そんな感じなんですよ。

 ・・・

 ・・・長く戦い続けられたのはやっぱり妻のおかげなんです。・・・負けて帰ってくれば家族も嫌なはずなのに、妻はぼくが「負けた」と言っても、いつも、次にまた頑張ってくればいい、と思ってくれていたんです。それでぼくも自然にそういう気持ちになれていた。・・・それにぼくは、七〇歳を過ぎてからもなんと、六十勝以上してます。これはけっこういい記録というか、空前絶後ですから。

 ・・・

 一つ自慢なんですけど、ぼくはA級からB級1組に五回落ちて、五回A級に戻っています。これは大記録で、なかなか抜かれないと思います。それができたのも家族の支えがあったからだと思っています。

 

渡辺 A級から落ちるというのは、けっこうダメージがあるじゃないですか。

 

加藤 ところがぼくはダメージを受けないんです。中原さんに二十連敗して、八年間まったく勝てないこともありました。そのことをある記者に聞かれて「たまたま負けてたんです」と答えたら、「その言葉で加藤さんのスゴさがわかった」と返されました。

 とにかく手抜きをしないで戦ってるから、負けてもそう考えられるんです。それがぼくの感覚ですね。

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 ・・・

 一九八二年に十段を取ったときと、一九七三年にいつか名人になれると思っていて、その九年後に中原名人に勝って名人になれたこの二度は、予感が現実になったものだったといえます。その頃は「ふと浮かんできた予感は現実になる」というのがぼくの人生観になっていました。

 

P93(加藤一二三の思考法)

 引退して間もない頃、「生まれ変わっても棋士になりたいですか?」と聞かれたことがあった。そのときには〝生まれ変わったあとのことより、これからの人生のことをまず考えたい〟と思ったものだが、いまのところ第二の人生は予想以上に充実させられている。

 この後もまだまだ新しい挑戦をしていくつもりだ。

 そのうえで生まれ変わるとしたなら、もう一度、棋士になるのもいいかもしれない。

 棋士という仕事は、そう思わせてくれるだけの誇りと哲学を私に与えてくれた。