ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日

ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日

 パリッコさんとスズキナオさんのお二人が、いろんな飲み企画を試してみた一冊。

 ゆる~く面白かったです。

 

P6

 あ、自己紹介が遅れました。「酒の穴」とは、それぞれ大阪と東京に住み、フリーライターとして生計を立てている、スズキナオさんと、僕、パリッコが、数年前に面白半分で始めたユニットの名前。活動内容は「ただ、酒を飲むだけ」であり、一般的に言えばそれは単なる「飲み友達」だ。なんだけど、ありがたいことにその活動を面白がってくれる人が増え、これまでに、『酒の穴 酒をみつめる対話集』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』『〝よむ〟お酒』『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』と、4冊もの共著を様々な出版社から出させてもらった。本書は、その5冊目ということになる。20代の頃、結構人生を賭けて頑張っていた音楽活動が、こんなふうに日の目を見ることが一度もなかったことを考えると、人生ってあまりにも意味不明すぎるし、だからこそ面白いなと思うけど。

 そもそも「酒」という嗜好品が、世の中にとっては無駄、余剰な存在であると言える。そして、それについての原稿ばかりを主に書いているふたりのライターが、「酒の穴」なる珍妙なユニットを名乗り、誰に頼まれたわけでもない取材を、ひたすらくり返してきた。本書はその記録であり、はっきり言って、こんなにもこの世にあってもなくても大勢に影響のない奇書はない。けれども、僕らは心の底から、無駄、余剰を愛している。だって、無駄や余剰のない世の中ほど息苦しいものはない。

 つまり本書は、なんだか生きづらくてしょうがないうえ、新型コロナウィルスなんてものまで蔓延してしまい、夢も希望もないような現代社会に対する、ささやかな抵抗と言えるのかもしれない。

 と、中身のない割に偉そうなことを書いてしまったけれど、以上のとおり、これから始まるのは、徹底的になんの中身もない無駄、余剰の世界だ。・・・

 ・・・

 いつまでも、僕らのような中途半端な存在がいてもいい世の中であるために、これからも「ささやかな抵抗」を続けていかなければと思う。いやまぁ、いくらなんでもささやかすぎることは、ちゃんと自覚してますが。

 

P210

 大阪と東京にそれぞれ、経営母体は全く別ながら「酒の穴」という店がある。

 我々は「酒の穴」というユニット名で活動していて、考えてみれば、こんなに親近感を感じる店名である以上、きちんと行かないほうが不自然というもの。

 そこで、それぞれが関東・関西担当に分かれ、「酒の穴」で一杯やってきました。

 ・・・

パ で、今回は何をしてきたかというと、東京と大阪にそれぞれある「酒の穴」って店で飲んできて報告会をしてみようと。実はナオさんと一緒に、大阪の酒の穴には行ったことあるんすよね。そこはまさに大阪な感じの、超お手頃な大衆酒場。

ナ ね!

パ 対して僕が行ったのは、なんと銀座!

 ・・・

 銀座に「らん月」って、すき焼き、しゃぶしゃぶ、かに料理、懐石料理の有名店があるんです。そのビルの地下1階にあるらん月系列の居酒屋が「唎き酒処 酒の穴」。

ナ 「すき焼き、しゃぶしゃぶ、かに料理」って、上がもうすごい贅沢だから、下もやはり贅沢な店なのかな?

パ 結論から言うと、贅沢です。

ナ はは。やっぱり贅沢か!

パ だってこのエントランス、今回みたいな機会がなくてひとりで入っていけます?

ナ うおー!かなり高級感があって、ちょっと身構えますね。看板の文字がどっしりしている。

パ よくかっこつけて「酒場には下調べなしで行くのがいいんだよ」なんて言ってるけど、それは大衆酒場限定。ここはさすがにホームページ凝視してから向かいました。

ナ はは。とにかく価格帯だけは知っておきたいもんね。

パ ただ、それで判明したのが料理やお酒はそれこそ我々がよく行くような店の倍くらいの値段するんすよ。まぁ、銀座ですしね。ただ、ランチはかなりお得で。

ナ そうなんだ!ランチメニューがあるのか。

パ なので、ランチタイムにお邪魔しました。といってもランチタイムは16時までと結構余裕があって、お刺身定食とか、もちろんらん月の経営だから、すき焼き丼とかある。そんななか僕が選んだのはですね、あ、先に写真だけ見せちゃおうかな。盛りだくさんでしょう?なんとこの豪華さで、1250穴なんですよ!

ナ それはすごい!……って、「1250穴」ってなんですか。穴?

パ この店の通貨単位ですね。

ナ はは。独自の通貨があるんだ。

パ ちなみに、1穴1円となっております。

 ・・・

 ただここ、穴感には相当なこだわりというか徹底ぶりを感じまして、メニュー表の表紙で、もう自分たちのことを「穴人」と呼んでいるんです。

 ・・・

ナ やばい。もう地底の独立国なんですね。

パ 酒の穴なんですよ、まさに。

ナ 「けつじん」かな「あなじん」かな?

パ 「あなんちゅ」?

ナ 「アナリスト」みたいなダジャレ方向もあり得る。

パ わはは!ちなみに、フロア担当のアナリストたちは基本女性で、みんな着物をピシッと着てて、カウンターには等間隔で、埋め込み式の燗つけ機がある。

 ・・・

 ・・・で、僕が選んだランチが、「穴丼」です。

 ・・・

 改めて、1250穴とは思えない豪華さで!ご飯の上に、牛すき焼き、豚の炭火焼き、マグロ、鯛、小柱の刺身がのってて、そこに特製のとろろのタレをかけ、がーっとかっこむ。超上品な味わいなんだけど、肉のおかずにはパンチがあって。

ナ ゴージャス!海鮮丼であり牛丼であり豚丼でもあり。これもうアース丼だ。

パ アース丼なんです。加えてお漬物、味噌汁。さらに、サイドメニューが14種類のなかからひとつ選べる。「茶碗蒸し」「肉じゃが」「豆腐と竹の子の揚げ出し」「冷しキス天そば」とか、どれも魅力的でね~。

ナ サービス満点ですね。こういうふうに選べるの楽しいですよね。

パ ね!ちなみに僕は悩んだ末に「お刺身二点盛り」を選んで、あとで「しまった、丼にも刺身のってるんだった!」と思ったんだけど、ちゃんとかぶっていないサーモンとしめ鯖を出してくれて、泣けました。

ナ これ、飲みに行ってるんですよね?美味しいごはんを食べに行った話じゃなく。

パ はは。もちろんですよ!だってむちゃくちゃ飲めるでしょう、内容。もちろん、まずはビールを単品で頼んで、せっかくだから日本酒も一杯飲みたかったんです。

ナ そうかそうか。私なら冷しキス天そばを選ぶな、とか思ってたんですが、おつまみを増やす意味での刺身という選択だ。

パ そうなんす。で、ビールをぐい~っと飲み干して、どの日本酒を選んだかというと、まさかのオリジナル酒「酒の穴」!

ナ そんなのがあるんだ!

パ あるんです!それの一合940穴の「純米」をいただきました。だからもう、酒の穴が酒の穴で酒の穴を飲んでいるという状態。

ナ すごい!

パ 酒の穴、すっきりと上品な美味しさだったな~。こんな機会でもなければ積極的に行くタイプの店ではなかったんですが、すごく満足しました。銀座の酒の穴、最高!あ、あと、帰りに気付いたのが、逆側の入り口に「酒の穴あいうえお作文」が貼ってあって、酒の穴の意味も判明してしまいました。

 さんざんな目に遭っても

 けっして諦めないで

 のぞみはきっと叶うから 

 あかるく楽しく

 なにはともあれ元気で

ナ 「さんざんな目に遭っても」「けっして諦めないで」って今まさにっていう感じのフレーズですね。酒の「さ」は「さんざん」の「さ」。

パ ははは。そうだったんですよ。で、最後の「なにはともあれ元気で」が投げやりっぽいようで、でもそれしかないっすよね。

ナ はい。元気が一番!