深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと

深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと

 まえがきに「どの文章も、お金がなく、暇だけはあるような日々をどう楽しもうかと考えた末に生まれたようなものばかり。・・・しかし、考え方次第で、なんでもない日々を少しぐらいは楽しいものにすることができるという思いは確信に近い。・・・息苦しさを感じることもある毎日の中で『まあ、まだまだ楽しいことはあるよな』と少しでも前向きな気持ちになってもらえたら嬉しい」とありました。

 

 こちらは「あなたの知らない『昼スナック』の世界、という回です。

P41

 ・・・ここ最近、〝昼スナック〟が盛り上がっているというのだ。

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 以前、関西の酒場を紹介する仕事で神戸の「おんたき茶屋」という店を取材した。JR新神戸駅からほど近い場所にある「布引の滝」を見下ろすように建つ食堂で、おでんやうどんやラーメンがありビールを飲んでひと息つくこともできる。

 滝を見ながらボーッと過ごせる素晴らしいこの店で取材をしていたところ、ご常連だという男性に声をかけられた。取材で来ている旨を説明し、「ここは眺めもいいし素晴らしいですねー」というような話をしていたら、「ここもいいけど、お酒関係の取材をするんやったら昼のスナックが面白いで」と男性が言うのだ。

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 その男性は60代ぐらいかと見受けられたが、「これぐらいの歳になるとな、お酒はサッと昼から飲む。カラオケ歌ってストレス発散。ほんで夕方には家でご飯食べて早めに寝たいねん」と言う。なるほど、言われてみれば、明るいうちから一杯ひっかけて歌を歌い、それほど深酒もせずに夕方に帰宅するなんて、なんだか余裕がある感じがしていいではないか。

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 ・・・看板から一番ライトな雰囲気を感じた「BUU」に入ってみることにした。おそるおそるドアを開けると若い女性が「いらっしゃいませー」と明るく応対してくれた。

 あとで聞いたところによると、かおりさんという方で、大のジャニーズファン。休みの日には関西から関東へも遠征するそうだ。今日は昼の部をかおりさんがひとりで担当し、夕方以降の夜営業ではそこにママも加わるんだとか。

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 かおりさんの気さくな接客によってすぐに緊張がほぐれ、まずは焼酎の水割りをオーダー。

 追加でドリンクを飲みたければ一杯500円とのこと。カラオケは好きなだけ歌ってよくて、13時から17時まで居ていいという。こりゃいいわ!と思っていたら、おつまみもついてきた。

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 先客の男性がカラオケのリモコンで曲を選んでいる。白髪で恰幅がよく、60代前半といった雰囲気だろうか。なんとなく勝手に、渋みのある声で演歌を歌ったりするのかな、と思っていたら、店内に流れ出したのはザ・ブルーハーツの「青空」であった。意外な選曲。

 味わい深い歌声でかっこいい。かすれた太い声で歌われると、もともと好きな歌詞だけどなおさら胸に響き、いきなり涙腺を刺激された。

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 しばらくするとドアが開き、別のお客さんが入ってきた。60代後半か70代かと思われる男性である。席についてしばらくすると、特にこちらから話しかけたわけではなかったのだが、かおりさんに言うでもなく、私にだけ言うでもなく、いろいろと語ってくれた。それによると、男性は仕事を定年で退職し、今は年金暮らしだという。

「年取ったらな、一日が長くてどうしようもないねん。時間潰そう思ってパチンコいくやろ?そしたら負けんねん。月に30万ぐらい負けんねん。金なくなってまう。ほんで今度、とりあえず電車乗って大阪まで行ってみたりしてな。何もせんと戻って来てもまだ時間たっぷりあんねん。せやからな、ここみたいな店がありがたいねん。ずっと居られるやろ、せやし、ここに来たら人としゃべれるやろ。今ひとり暮らしでずっとしゃべらんから声が出えへんくなってきてんねん」

 と、いきなりもう、これで昼スナックの存在する意味がすべて語り尽されたのではないかというようなお言葉を聞くことができた。そう、昼スナックは、ある程度年齢を重ね、ガンガン夜遊びをするような感じでもなくなった方々の憩いの場として機能しているのだ。

 居たければ1000円でずっと居られて、ママが時おり話しかけてくれたり、自慢の一曲を歌ったり、誰かが歌う懐かしい歌に耳を傾け、「この歌、私も好きやったわ」と、それをきっかけに思い出話をしたり、そんな場所であるらしい。

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 あとから来た男性がカラオケを1曲予約したので、何が来るかなと思っていたら、きゃりーぱみゅぱみゅ「100%のじぶんに」という曲であった。本日2度目の意外曲である。

 野太い声で歌われるきゃりーの歌。「100%のじぶんをじぶんらしいと言えるようになーる」(作詞・作曲/中田ヤスタカ)という歌だ。本当だ。本当にそうなりたい。ご常連さんたちにとって、この店は100%の自分でいられる場所なのかもしれない。