そばですよ

そばですよ (立ちそばの世界)

本の雑誌」の連載「そばですよ」の第一回~三十四回がまとめられた本。

 いろんなお店、いろんな人、いろんなおそばが登場して、面白かったです。

 

P50 一日に二度食べるツワモノに聞く 「はるな」本郷三丁目

私 立ちそば、どのくらいの頻度でいらっしゃるんですか。

門馬さん まず朝寄って食べます。とにかく「朝はそば」って感じなんです(笑)。

私 味噌汁とご飯でもなく、トーストでもなく、そば。〝一日一そば〟が基本なんですね。

門馬さん 二くらいいきます。朝はもりそばか冷たいそば。

私 一食めから、もう。

門馬さん 夜は飲んじゃうし、もともと食が細いということもあるし、ご飯つぶは一週間に一回くらいしか食べない。

私 さすがです……立ちそばとともにある日々。

 ・・・

 店に入ったときとか食べる前に気にしていることはあるんですか。

門馬さん やっぱりひとを見ますね。

私 お店のひと?

門馬さん ええ。おばちゃんがガチャガチャやってると、これはちゃんとしたもんは出てこないだろうな、と。イキのいい兄ちゃんが勢いだけで出してくる店も……(笑)。あとは、店内にあれこれ謳ってる店。「どこそこの粉を使ってます」「水は何々です」、でかでかと書いてあっても、立ち食いそば屋でそんなの見ないと思うんですよね。結局はうまいかまずいかであって、立ち食いそばは、入って、さっと食って出てくるところだから。

 見た目チャラい男(本人談)と言いつつ、立ちそばを語る言葉はハードボイルドです。そして、「ここは好きだなあ」と案内してくれた立ちそば屋は本郷三丁目にあった。

 ・・・

「『はるな』の魅力は、へんな押し出しがなくて飄々としているところ。そばにもおなじ魅力を感じます。だしが効いていて、返しもそれほど強くなく、つゆに丸みがあるから毎日でも手繰れるそば。みなさんいつも黙々と仕事をしていて、無口なアニキたちに職人さんのオーラが出てます」

 ・・・

 一家はもともと御徒町で炉端焼きの店を営んでいたが、本郷三丁目に土地を見つけてビルを建て、みんなで移ってきた。でも、「一階で商売をしないと食べていけない」から、一九八五年、立ちそば開店と相成った。・・・

 ・・・じかに接客することの多い姉の祥子さんと、隆士さんのやり取り。

隆士さん ひと言も喋らないお客さんもいますよ。その人の顔を見たら、こっちもすぐ呼吸で出しちゃう。

祥子ん 三十年間ほぼ毎日、かき揚げそばだけ食べに来るお客さんがいます。こないだその人に「もりそば」って言われて、びっくりしちゃった。さすがに暑いから、今日は冷たいそばにしようと思ったのかな。さっき食べていったお客さんはたぬきそば一本ですね。だんだん歳を取ってこられて、それまでかならず付けてたおにぎりを付けなくなったり。

 ・・・

私 日に二度、そばを食べ続ける男、門馬さん。ご自分のなかで、なにか変化はありましたか。

門馬さん まず行く店が変わりました。あちこち回って食べたり話を聞いたりしていると、一杯に注いでいる力がわかってきます。とかく立ち食いそばって、製麺所から買った麺と出来合いのつゆでつくってると思われがちだけれど、うまい店はそんなことひとつもしていない。「はるな」にしても、手間は街のそば屋とおなじ、しかも薄利多売でがんばっていらっしゃる。値段だけ高い店がばかばかしくなります。

 

P190 ふじこさんは千歳烏山の太陽だ 「ファミリー」千歳烏山

【木曜午後三時半】三十代始めの男性客。

お客「こんちは」

女将さん「いらっしゃい」

お客「カレー大盛り」

女将さん「はい」

お客「……あっ肉ねぎそばに変えようかな……えと、肉ねぎそば。あっやばい。オレ財布忘れてきたかも」

女将さん「いいわよあとで。お母さんからもらっとくから」

【土曜午後一時十五分】五十代の男性客。

私「ごちそうさまでした」

女将さん「ありがとうございました」

私(隣の男性客の背後をカニ歩きしながら)「後ろ、すみません」

女将さん「いいんですよ、蹴っ飛ばしちゃってくださいこんなひと」

お客「(小さくつぶやく)ひでえなあ、おれ客なのにな」

 女将さんのキレのいいジャブが効きまくるコントみたいな会話。つゆもカレーもいちから手作りの、だれにも伝わる丁寧なおいしさだ。・・・

 ・・・

 店の生き字引、常連客ヤハギさんとふじこさんの会話。

ヤハギさん ほかの店に行くと、味の違いに愕然とすることがある。ここはひそかにレベルが高いと思います。

ふじこさん チェーン店だと利益を上げなきゃいけないけど、うちは個人でやってるし、自分でも食べるから。食材はちゃんとしたものを使いたいという気持ちがあるのね。私、出来合いの総菜を食べないのよ、食べられない。だからぜんぶ自分でつくってる。

ヤハギさん 手を抜かないと値段に反映しちゃうからきびしいと思うけど。

ふじこさん あんまり儲けたってしょうがないから。食べていければいいんですよ。ヤハギさん、褒めすぎよ。

 ・・・

 手間ひま惜しまない働き者の味。主婦時代のふじこさんは、四人の子育てと家業をこなし、家業の魚屋の従業員にも毎日お弁当をこしらえて届けていたから、自分の時間はどこにもなかった。いま起床六時十分、毎朝七時半からその日最初のだしを引き始める。定休日でも、まず店の前を掃き、店内と家の掃除をすませてから。

「忙しいほうが何でもできるんですね。時間を大事にするから、十分でも空くと本読んでる。私、本が大好きなの」

 ・・・

 ふじこさん、気を遣ってらっしゃるのは何ですか。

「健康ですね。具合が悪いと舌の感覚がね。それと、毎日おなじことを続けるってこと。手を抜かない。当たり前のことをちゃんと続けるっていうのが、何でもいちばん大事なんじゃないですか。特別なことなんてなにもないの。健康で気分よく仕事できればね」

 話していると、常連客が「ここはしかしおいしいね。ときどき無性に食べたくなる味だ」と言い置いて帰っていった。

 

P317

 茅場町の駅に向かう途中、暖簾をくぐると、うまいへぎそばがある、新潟の酒がある。ここを拠りどころにしているおじさんを思うと、胸がきゅんとする。

「うちの新潟のおじいさんの話がおもしろいんです」

 岩田さんが語ってくれた逸話がすごい。

 祖父、金一さんは筋金入りの酒好きで、毎晩一合の晩酌を欠かさなかった。あるとき倒れて危篤状態に陥り、もはやこれまでという局面を迎える。枕もとに集まった家族一同、主治医に相談のうえ、末期の酒を綿に含ませて唇にあてがった。もちろん地元新潟の酒、祖父の好きな久保田。すると、驚くまいことか、その酒をちゅうちゅう吸い出した金一さんは奇跡の復活をとげ、なんと二ヶ月後に退院。九十三歳まで生き、長寿をまっとうしたという。

「酒は百薬の長と言いますけれど、本当なんですねえ(笑)。家族の語り草です」

 落語にでも出てきそうな話だ。最強の酒飲みの血を、「がんぎ」は茅場町で継承する。

 

P336

「目で、手で、自分で感じてつくってます。全部飲めるようにつくってる」

 うまみが効いて、まろやか。身体に沁みるつゆの味には、一切のうそがない。

 一日四回、兪さんは自分のそばを食べる。

 一回め。午前六時、味を確認するために素のかけそば。

 二回め。午前十時ごろ、朝飯がわりに温かいのを一杯。

 三回め。午後三時ごろ、冷やし天玉そば。天ぷらは適当。

 四回め。午後五時くらいに適当に、天ぷらは余ったの。

 暖簾をしまって片づけをすませ、午後十一時に帰宅してから、妻のつくる焼き魚と味噌汁のごはん。毎日この繰り返しだけれど、長年食べてもまったく飽きないという兪さんの言葉を、私は「福そば」の「誠のあかし」として聞いた。

 早朝六時開店、人形町で店を営む主や職人さんたちが入れ替わり立ち替わり「福そば」の暖簾をくぐる。築地に仕入れに行った帰り、地元に戻ってかっこむなじみのそば。

「毎日来て、毎日おなじ場所に立って、食べていってくれる。みなさんがずらっと並んでる姿をこっちから見てると、涙出そうになるときあるよ。自分は食べに行きたくても、ずっと仕事があるから行けない。でも、みなさん来てくれる。ほんとうにありがたい。人形町は人情がある特別な町、優しさがある。私が一番感謝しているのは、お客さんです。だから、一番おいしいものつくるのが自分の仕事。それができないと仕事してる意味ない」

 やっとわかってきた。この一杯のそばは、人形町で与るお福わけなのだ。